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学校 アーカイブ

2007年09月19日

ジョージ・ルーカスと教育

サンフランシスコに来て今日で4日目です。昨日、ジョージ・ルーカスが講演しました。講演内容は意外にも「教育」でした。彼はジョージ・ルーカス教育ファンドというものを作っていて、いろいろな活動をしています。その観点は次の5つです。

1.子供たちに、プロジェクトを立て、それにそって実行する能力をつけさせる。
2.組織やチームでコラボレーションする能力を身につけさせる。
3.学校で学ぶ理由、社会のなかでどのようにその学問が役立つかを認識させる。
4.学校現場の先生にどうしたら教育のイノベーションをしていただけるか。
5.家族や友達との関係を学ぶ。

この5つの観点から、ITを使って教育のイノベーションを行う、ということです。今までの歴史上の人たちを全員よみがえらせても、現代の人数の5%にしかならない。(20世紀に入り、天文学的に人口が急増した、ということ)そんな環境の激変するなかで200年前と同じような教育をおこなっていたらだめだ、といいます。

1については、社会において物ごとを実行するには計画を立て、それにそって実行することです。それを子供のうちから学ぶことは、社会でもっとも基本的なことだそうです。
2は、社会に出れば、組織やチームで協力しあうことによって、仕事を成功させることができます。ところがペーパーテストで他人に勝つことしかしない現在の学校教育は問題が大きいことを指摘します。
3の「学校で学ぶ理由」では、宇宙ロケットの仕事をしたいなのなら微分が必要になるし、ファンドマネージャーなら、映画をつくるなら何が必要か、というように、
社会の仕事や現象からその学問を教えることにより、その学問を学ぶ意義を伝えることができる、といいます。
4の、どうしたら教師にITを使ったイノベーションの理解を得るか。ルーカスは自分の学生時代の経験や視点を思い出し、教師に語って聞かせるそうです。
5は、1と同様、家庭での教育も大変重要であり、親、兄弟との関係、それから友達との関係も学ぶ必要があるということです。

最後に、ルーカスは、人が生活し、子供を育て、普通に生きる以上のお金は、人を幸せにしない、といいます。pleasure(快楽)とjoy(喜び)の違いを認識してほしい。pleasureは利己的で、一時的な喜びであるのに対し、joyは永久に残るものだ、と。

とてもすばらしい講演でした。私もまったく同感です。ルーカスの掲げた5つのコンセプトは、おこがましい言い方で恐縮ですが、メディアファイブの開発方針とぴったり一致しています。

まず私は本当に記憶力が悪く、いかに記憶を苦痛なく、確実にできるか、という観点でエデュカートリッジシステムを開発しました。そして自分なりに学習内容を整理するために編集機能をつけ、携帯電話やI-podとの連携に努めました。そしてプロジェクト管理やチームをコラボレーションするグループウエアも作りました。当社のe-Learningは任天堂のwiiでも利用できます。そして今年、家族で使えるグループウエアも開発します。さらに社会の必要性、という観点からコンテンツ開発をおこなっております。家族の絆を深めるファミリーナレッジも開発中です。

なによりもお金に関する考え方には同感です。お金を余分に持つ人は、そのお金を社会に再配分する責任を負っているのです。企業経営者は投資を的確に行い、社員に的確に配分し、さらに成功をおさめ余剰のお金ができたら、社会に対し再配分する義務を負っていると思います。

米国社会は9割の富を1割の人が独占している、といいます。
その1割の人が、ベンチャーに資金を提供して、新しいビジネスが始まります。
そして圧倒的な軍事的優位と、ほぼ世界共通語となる英語をもって世界中に市場を広げることができ、成功するベンチャー企業はあっという間に大企業に変身するのです。
成功して余剰資金ができれば、教育を中心に社会奉仕をおこないます。米国では特に教育に対する奉仕は徹底しています。

今日、米国は、個人も企業も社会のイノベーションが加速度的に進んでいるようです。Saas(Software as a Service)のビジネスは、それを進めさせる重要なツールなのです。日本において、システムを改良するのは大変お金のかかるものです。しかしインターネット上でおこなうサービスならば、常に低価格で改良が行われ,しかもそのアイデアをほかの企業でも活用できる、ということです。それにより、企業におけるシステムの改良スピードが加速します。もちろん米国といえどもシリコンバレーのあるサンフランシスコが特別、というのはあるでしょう。10年前、コムデックスUSAという当時米国最大のPCの展示会に行きましたが、そのときは日本と米国との格差をそれほど感じませんでした。しかし、今回、そのイノベーションに対する意識において、日本企業と米国企業は圧倒的な差を感じました。そのことについては、また書きます。

とにかく昨日は、また崇敬できる賢人を一人みつけたことに大きな喜びを感じた1日でした。

2007年09月29日

再生と進化

NHKから出ているDVD「遺伝子 4.命を刻む時計の秘密」を見ました。
ちょっとその内容をご紹介しましょう。

私たちの体は60兆の細胞からなっています。そのひとつひとつの細胞のなかに、核があり、その核の中に螺旋形のひものようなものがあります。そのこの螺旋形のひもがDNAです。

人はなぜ、不老不死がかなわないのか。それは生物の進化に関係があるのです。
大腸菌は不老不死です。そして親とまったく同じものを増殖させていきます。
酵母菌はオスとメスの交接により、両親のDNAを結合させて新しい組み合わせの遺伝子をつくり、新たに再生します。そのかわり、組み換えがおこるなかで遺伝子は傷つき、親は新しい生殖細胞を残すと死を与えられるようになりました。しかし新しい細胞は進化し、そのうちに多細胞生物をつくりだし、多様な地球生物をつくってきました。その進化の結果、人間が誕生したのです。

その進化の過程は宇宙とも関係します。生物は、隕石が地球に降る量が増える3億年前から急激に進化しました。地球への隕石落下により気象環境が激変したため、生きるのが困難になった生物は、その環境に適応しようと進化したそうです。

生物はもともと螺旋からなるDNAによって作られ、そして死と引き換えに、誕生→結合→死→誕生・・・という螺旋の進化を生み、環境の変化が進化を早める。これが生物そのものの生きるためのシステムです。生物そのものが、困難を克服して進化するものなのです。地球上で最高度に発達した人間も例外ではありません。私たちは宗教や哲学を持ち出すまでもなく、生物学的に困難に克服して螺旋状に進化する生き物なのです。

以上がその内容です。
このDVDを見てとても感銘を受けたことは、人は生と死を繰り返し、環境変化の波の中でこそ進化がある、ということです。世の中万事塞翁が馬、苦あれば楽ありです。波のない、右肩上がりだけの人生や会社など、ありえないし、実は進歩がないのではないでしょうか。
世の中は相変わらず、右肩上がりの企業を評価し、失敗のないエリートを評価し、失敗をしないための教育が行われる。本当に必要なのは、行き詰ったら、いかに打破するか。上昇中はいかに慎重になるか、下降のときはどう行動すべきか、どん底をどう生きるか、そういうことを小学生には小学生なりに、中学生には中学生なりに、高校生には高校生なりに大学生には大学生なりに、社会人には社会人なりに教えていくことではないでしょうか。

私は、人は未来だけでなく、過去も変えられると思います。その経験がどんなにつらくても、苦しい過去でもその経験が未来に生かされれば、その思い出は宝物になります。
自分の過去をいかに生かすか。こういうことを試みたことがありますか? リーダーが社員ひとりひとりの能力を生かすように、自分ひとりでも、自分の過去、小学生時代、中学生時代、高校生時代、大学生時代、社会人新人時代・・・・を思い出し、現在の仕事や生活に生かすことはできるのではないでしょうか。

次回以降、私の小学生のころからを振り返ってその挫折について考えていきたいと存じます。

2007年10月24日

分配の法則

先日、ある人との会話でこのようなことがありました。その人いわく、メディアファイブは「小学生、中学生に教材を提供して、何十年か後に世の中がよくなることを目指せばいい」と言うのです。私は即座に否定しました。生徒を啓蒙するのは先生の役割です。当社はソフトメーカーです。小、中学校では先生が必要な「道具」を提供する以外は越権行為です。

たとえば、クラスで学習意欲をなくした子供がいれば、能力別出題や、繰り返し学習の苦痛を取り除くためのゲーム学習、授業の復習をスムーズに行うために、家庭用ゲーム機でも学習できるしくみ、対戦モードで授業を盛り上げ、授業についていけない子供がいれば、学年を超えた学習ができるリメディアル。

なによりも是非みなさんにお試しいただきたいのは「編集機能」で、自分の関心をもつ事項をネットやデジカメで集めてのオリジナルな教材づくりを、児童、生徒一人ひとりに行っていただきたいのです。そういうところから社会と学校での学習とのつながりを発見し、勉強が楽しくなり、世の中で役立てる勉強もできるようになるのです。メディアファイブは学校現場、家庭学習の現場での問題点を分析し、それを解決するために学習する方法やノウハウなどの「システム」を提供する会社なのです。

しかし当社が取り組んでいる、もうひとつ大きな事業があります。それは利益を「分配」するシステムの開発です。企業において、人の評価はすなわち分配するための評価といって過言はありません。これがとても難しいのです。社員の不満も、会社の問題も、重要なものはほとんどここから派生します。

富(利益)の分配はあらゆる歴史上、あらゆる社会でもっとも重要な問題です。いかに富の分配を的確にするかが、国の、社会の、企業の盛衰を決めます。日本の影の絶対権力が旧大蔵省であることは周知の事実です。税金を配分する省に国家権力は集中します。会社や官庁でも規模が大きくなるほど人事部に権力が集中していることがままあります。人事とは役職だけでなく報酬も決定するからです。

その「利益の分配」において、社員の不満を少なくし、組織を向上させ、社員も向上させ、それを通して社員のよりどころを作るシステムを開発しました。人材開発型グループウエア「Next Revolution」です。

その特長をご紹介しましょう。これは当社で導入実験して2年目になりますが、とても大きな効果が出ています。一見社員の管理が徹底され、社員はやりづらそうなのですが、実は社員の「心の安定」に大きく貢献しているところです。このシステムで、社員一人ひとりの1年間の実績や仕事の足跡、努力をすべてもらさず、公平に評価できます。不満があれば、その足跡を見せながら、上司に訴えればよいのです。評価を人に頼っている今までのやり方だと、どうしても偏った評価になります。上司はもっと部下に働いてほしいと思うし、部下は自分の上司にもっと自分の仕事を認めてほしい、と思うのです。

人は当然、自分のために働きます。そのもっとも大きな原動力は「報酬」です。仕事はすべて「報酬」に直結していなければ、おろそかになります。いろいろな人が集まる組織で仕事をする場合、あらゆる構成要素を「報酬」に直結させることこそ、マネジメントの重要なものといえるでしょう。

仕事の構成要素には、利益追求、経費節減、職場や仕事の改善・工夫、技術や仕事を磨く(学習)、部下への教育、リーダーシップなどがあります。しかしこれらの要素のうち、利益追求以外は、ほとんどが人事評価というシステムでひとくくりされます。それはリーダーに頼った、実に大雑把で問題ある評価なのです。それが働く人たちの不安や不満をつくってきたのではないでしょうか。システムによって、働く要素をきちんと定めた角度から評価できれば、個人の成長は見違えるほどのものになるでしょう。

三国志で有名な曹操は「道とは教令をもってこれを導く」といっています。つまり会社の方向性は教育と命令によって動かさなければならない、ということです。普通は命令だけですが、命令と教育によって組織も、人も成長させることを目指したのでしょう。それゆえに曹操は、最後は三国の中の勝者となって中国に魏を打ち立てることができたのでしょう。

「教」とは単に人や組織を成長させるだけのものではありません。人によりどころを作ることができるのです。自分はこの組織に使われるだけでない、ここで成長し、活かされている、と感じれば、そこはよりどころとなるのです。しかも公正な報酬が得られるならば、さらに前向きに活動することができると思います。

冒頭で小、中学校のシステムについて触れましたが、社会が腐敗していれば、どのように小、中学校のときにすばらしい教育がなされても意味がありません。長尾龍一氏の「憲法問題入門」の序文に「サラリーマン川柳傑作選」というのが載っていました。
やれ打つな頭はそんなに出ていない
肩書きがなくてアイデア横取られ
尻尾ふるポチに自分の姿見る
・・・などなど。

今の日本では、夢と希望をもって社会に入っても、幻滅する度合いが増えるだけです。まずは企業や社会での分配の法則がきちんと確立されることが、教育の第1歩だと思います。つまりお父さんの教育がまず必要なのだと思います。

2008年02月03日

世の中万事塞翁が馬

先日、母校である埼玉大学の授業で話す機会がありました。自分の出た研究室の三輪先生に挨拶にお伺いしたら、ちょうど今教養部で(1年生)「社会を覗く」、とかいう授業をやっていて、地元の中小企業に就職するのも面白いぞ、という講義をしており、ちょうど君はそれに当てはまるから、少し授業で話してくれないか、とおっしゃいました。私は社員募集のお願いに来たものだから、是非話をさせてください、と二つ返事で引き受けました。

話は、自分がなぜこの大学に入り、学び、就職し、今日に至ったか、そして今日の自分がいかに偶然の重なりの上にたっているか、ということです。そもそも学生でおもいつく職業は限られていて、学生時代の将来の志望なぞあてになるもではありません。
その辺のところをお話させていただきました。下記の内容は話した内容をもう少し詳しく言及しています。

私は高校時代、いわゆる「文学少年」でした。1年生のとき剣道部をやめてから、毎日の生活は、学校の登下校時は文庫本を読み、家に帰ると古典全集を読み、フルートとピアノを弾き、剣道の素振りを3千回おこなう、というのが日課の変な高校生でした。ただ数学だけは好きで、大学への数学だけは毎日解いていました。白いノートに鉛筆で解答を書くことがとても面白かったのです。

とにかくうだつのあがらない、変な文学少年であった私は、一生本を読んで、フルートを吹いて人間関係のしがらみから離れた,哲学者ショウペンハウエルのような人生を送ることを夢見ていました。そこで最初は三島由紀夫の「午後の曳航」という小説にあこがれて船乗りになろうと思い、商船大学を目指そうと、理系に入ったのですが、入試の応募条件が視力1.0以上でないとダメ、ということで、あきらめました。次に北杜夫のドクトルマンボウ航海記を読んで、船医になろうと医学部を目指しましたが、当時医学部は受験ブームで、最難関で、学力が追いつきませんでした。音楽大学を目指そうとも思いましたが、それほど才能があるとも思えず、結局将来やりたいこともわからず、聞こえのよさそうな大学をミーハーに受けては落ちて、そうこうしているうちに2浪目に突入しました。そして受験科目が私の得意な数学と国語、という理由だけで埼玉大学の教育学部を受けました。当時校内暴力に中学、高校は荒廃していて、そのような中にいくのはいやだ、と思い、小学校国語を第1志望にしました。なにか劇団ひとりのエッセイのようになってきましたが、高校時代から大学にかけて、私は世の中すべてから否定されている感覚がありました。ただただ自分の文学や勉強の世界だけが自由だと思っていたのです。

大学1年のとき、一般教養科目で、数人でおこなう授業がありました。なぜかそこで法学特別講義に参加しました。ここではハンスケルゼンというドイツの法哲学者の「民主主義と国家」という英文テキストを数人で勉強しました。もともと数学が好きだった私は法学の、論理を組み立てる学問にたちまち魅了されました。ただちに長尾龍一先生が訳されたケルゼン全集を買いあさり、読み始めました。そして単純にも、法律がこんなに面白いのならば、弁護士になろうと考え、高い通信教育講座の教材を親に買わせました。しかし3日坊主とまではいかなかったものの、3ヶ月ぐらいで放り出してしまいました。

大学2年になり、教育学部の法学特講を受け、社会科に転科しようと思い、試験を受け、3年から三輪先生の法学研究室に入りました。当時、社会科学分野は経済学、倫理学、法学、社会学の4分野あり、合同合宿もあり、みんな議論ばかりしていました。法学研究室のテーマは終戦後の新憲法制定から始まり、高度成長期の法的問題、改憲問題、そして著作権法の改正問題などでした。

肝心の教育学部の授業は当時あまり興味がわかず、睡眠学習でした。ただ教育学部の必須の授業は出欠をとるものが多く、授業には出席しました。当時家庭教師をいくつもかけもちをしており、妙に具体的にあの子にこう教えようか、ああ教えようかと、知行合一的に身についたようです。

また小学校課程だったので、全教科を授業で学ばなければなりませんでした。しかし当時の授業を受けたことは、教育ソフトのプロデュースをしている今日、大変重要な私の財産になったのでした。卒論は憲法変遷論でした。このことについては別途また書きます。

クラブはジャズ研とワンダーフォーゲル部に入りました。最初剣道部に入ったのですが、2浪がたたり、閉ざされたくさい空間で4年すごすのが嫌になり、ワンゲルに変えました。だいたい昼ごろ学校に来て、昼食をワンゲルの部員がたむろしている第2生協に行き、研究室の授業がなければ、マージャンをするか、図書館でレポートを書いているか、デートをしているか。夕方からは家庭教師のバイトか、ワンゲルのトレーニングか、ジャズ研の練習にもときどき顔を出していました。ワンゲルのトレーニングはマラソンとサッカーでした。ワンゲルの当時の部長は中村次郎先生で、教育工学の大家であり、今や中村次郎賞なるものがあります。

研究室でのテーマは憲法制定過程の検証、戦後高度成長期の政策、憲法改正、著作権法の改正などでした。著作権法の改正は、当時、通産省と文化庁で、コンピュータプログラムの著作権の権利の範囲をめぐり、論争が活発化されていました。通産省はプログラムの進歩には著作権をある程度弱くしなければならない、と主張し、文化庁はプログラムの著作権を厳格に保護すべきだ、という主張でした。結論からすると、当時日本メーカーによる、IBMのメインフレームのプログラムコピー問題が大問題となり、米国の圧力で文化庁の案が採択されました。このとき高度情報化社会について徹底的にしらべ、僕は
ネット社会では直接民主制をはじめ、今日の社会の弊害を取り除けるのではないか、という希望をもちました。ネット革命論なる論文を書いたのを覚えています。ネット社会になれば、いろいろな社会の矛盾も解消し、人間性豊かな社会を実現できるのではないか、という内容でした。今自分がやっていることはこのときの構想がベースになっています。それで、いまやっているプロジェクトを「NextRevolution」となずけているのです。その当時の内容についても別の機会でお話します。

当時研究室では、三輪先生の方針で、本や資料にこだわることなく自由にみんなで議論しました。社会科学分野なので、経済学研究室、社会学研究室、倫理学研究室と合同でゼミや合宿をすることもありました。いろいろな視点から同じテーマを議論しあうのはとても楽しく勉強になりました。とにかく議論ばかりの大変活気のあるゼミでした。この4年間は大変私の財産になりました。

まあクラブを掛け持ちし、好き勝手に勉強したり、マージャンもよくよくやっていたので、1年のときは9単位、2年のときは22単位しか取れませんでした。3年、4年であとの全単位を奇跡的にとり、一応外資系の保険会社にも内定はしたのですが、ちょうど秋も深まる11月ごろ、学務から一本の電話がありました。「あのう、一般教養で単位が1単位足りないのです。」私は学校にすぐに飛んで行きました。なんと一般教養科目で「心理学」が必修なのに、間違えて「倫理学」をとってしまっていたのです。目の前が真っ暗になりました。しかし結局、国立大学では、単位のお目こぼしは「法律違反」となるので、留年になりました。

まあ仕方なく留年になったのですが、2浪1留ではどこの企業にも入れない、と落ち込みました。ならば学科試験のあるところを狙おう、ともちろん教育学部だったので、小学校の採用試験、国家上級試験、新聞社などいろいろ受けたのですが、全部落ちました。ただ一箇所ひっかかったのが、コナミというゲーム会社でした。いまやコナミはゲームソフトのトップ企業として大企業になってしまいましたが、当時はまだ60人の社員に60人のわれわれ新入社員がはいったくらいの会社だったのです。会社説明でカスタムLSIとかなんとか説明があるのですが、なにをやる会社なのか、僕にはさっぱりわかりませんでした。
最初に配属されたのは本社の総務部でした。もちろん不動産の管理、文書の管理、いろいろな雑務もやるのですが、文書管理規定をつくったり、食堂の赤字を減らしたりとか、当時、コナミは大阪新2部という今でいうマザーズのようなところに上場していて、公募増資の準備や株主総会の手伝い、マーケティングなどもやらさせていただきました。総務部の男は課長と自分しかいなかったので、しかも私がいたこの3年で1部上場までいったのですから、本当にダイナミックで勉強になりました。

しかし2年目になると、早く東京に戻りたいために、営業を志望し、東京の営業本部に行きました。そこでパソコンゲームソフトの販売を担当したのです。今メディアファイブの主力であるパッケージソフトビジネスはここで覚えたことがベースとなっています。ソフトバンクさんとのお付き合いもこのときからです。当時のソフトバンクはまだ100人たらずで、まさか今のような日本を代表する企業になるとは夢にも思いませんでした。あれから23年、毎年ソフトバンクさんにお伺いするたびに、巨大化し、一流化、グローバル化していくさまは本当に驚嘆でした。最もコナミの急成長振りも同様ですが。コナミもソフトバンクも日本を代表する天才IT経営者で、身近でその手法を実感できたことは私にとって本当に幸運でした。

営業ではよく土日に家電量販店の店頭でゲーム大会を開きました。当時、コナミの主力商品である「グラディウス2」「サラマンダ」は大変な人気で、店頭でイベントをすると大変多くの子供たちが集まってきました。ゲームをチャンレンジして失敗するとまた後列に並びなおし、グラディウスの絵が書かれているテレホンカードをとれるまで何回でもチャレンジする子が本当に多かったです。私はこの有様を見て、このゲームに学習する機能がついたら、どれだけ子供たちは勉強がすきになるだろう、と強く思いました。それが教育ソフトに携わりたい最初の動機でもありました。しかしコナミは当時教育ソフトプロジェクトを撤退する方向であり、私は、これは一社で開発するのは難しい、と考え、今の日本総研の前身である「住友ビジネスコンサルティング」というところを応募しました。

「住友ビジコン」は当時、住友グループのシンクタンク的存在で、私のキャリアではとても入れなかったでしょうが、ちょうどバブルの絶頂期であり、ソフト化ということが注目されていて、当時の総合研究部長が非常に柔軟な方でもあって、奇跡的に合格しました。まあいわゆるバブル転職組です。

入ると、すぐに4週間の宿泊研修がありました。ここで、経営コンサルティングするためのあらゆるノウハウを学びました。人事管理、簿記、会計、思考法、ディベート、プレゼンテーション、生産管理、システム、マーケティング、貿易、経営、組織論などなど。MBAんの2年間でやるようなことを4週間で凝縮してやるので、本当にハードでした。しかし寝る前になると皆で議論し、本当に楽しい研修でした。立場や専門の異なる優秀な人たちとの議論は本当に勉強になります。しかし、振り返ると、埼玉大学での研究室での4年間も、議論ベースで皆が勉強し、田舎の大学ながら、すごいものがあったなあ、といまさらながら思いました。

最初についたリーダーは三石玲子氏でした。昨年残念ながら50歳の若さでお亡くなりになりましたが、これまた三石玲子賞なるものができるほどインターネットの世界では有名なかたです。当時はカードの専門家でした。なぜ僕は、パソコンソフトビジネスを行うために入ってきたのに、カードビジネスを手伝わなければいけないのか、と内心不満をもっていたのですが、今考えると、三石さんに指導していただき、非常に贅沢で、ありがたいことでした。もっとも彼女がご存命でおられたら、あまりそんなことを考えなかったのですが。

私は当時いろいろな人にお世話になったのに、本当に若気のいたりで不義理をしました。今の若い人でやはり自分の都合ばかり考えている人もたまに見かけますが、自分のことを振り返ると、まったく人のことは言えず、赤面の至りです。ただもしもっと自分に徳や義理があれば、今の状況はもっとよいものになっていたでしょう。

彼女が常日頃おっしゃっていたことは「背伸びしてはだめ。なにごとも基本が大事。」「ライフスタイルで考えること」「もっとよく考えなさい。世の中はそんなに甘くはないのよ」でした。

最近では彼女の書かれたものを手元に置き、いろいろ仕事に迷うと本を手にとってぺらぺらめくっているのですが、いつもそんな声が聞こえてきそうです。

メディアファイブは住友ビジコン時代に生まれました。その詳細は次の「メディアファイブ創業秘話」に書きますが、98年までの5年間は、会社の了解を得て、二束のわらじをはいていました。

95年、住友ビジコンは住友銀行と日本情報サービスと合併し、日本総研にかわりました。いまでは日本最大級のシンクタンクだそうです。

私はまだ発展途上にあり、成功を語る資格はありません。しかし周囲の成功された方を見ていると、世の中に成功術なる術はないと思います。ドラゴン桜は人の作った入試だから、それを突破する術はあるでしょう。でも人為の及ばぬ社会や人の一生に、こうすれば確実に成功する、という術はあろうはずもありません。誰が阪神大震災を予想しました?だれがバブルの崩壊を予想しました?だれが911を予想しました?現実は小説より奇なり、といいます。

今昔物語に「谷底に落ちても平茸をとる話」というのがあります。信濃の国司が任官から京へ帰る途中、山中でがけから落ちました。崖下から縄をおろせ、と声がするので、家来が言われたとおりにすると、こんどは引き上げろ、という。家来が引き上げてみると、中にきのこをいっぱい抱えながら、国司が乗っていました。そして「受領(国司)は倒れても土をつかめというではないか」と涼しい顔でいいはなったという話です。中学校の教科書などにのっていた話でご存知の方も多いと思います。成功のエッセンスはこういうところにあるのではないでしょうか。

私は最近数多くの成功している経営者に会う機会が増えましたが、成功している人の共通点は、素直で、与えられたチャンスや義務に誠実に、精一杯取り組み、失敗や不幸にも誠実に、精一杯乗り越えて、それをプラスに活かそうとしています。そして一生懸命、目の前のことを一つ一つ取り組んでいながら、すこしずつ自分の天命が理解できるようになっていくようです。

反対に失敗する人の共通点はどこか斜に構え、策略や陰謀を好み、自分だけが得することばかり考え、目先の判断で自分の人生を変えていこうとすることです。

世の中万事塞翁が馬とはよく言ったものです。それが成功の秘訣なのかもしれません。

2013年04月03日

今、資格を取る意味とは

最近、資格を取る意味について疑問に思う方が出てきています。

資格のなかでも最難関の弁護士や会計士でさえ収入の減少が取りざたされるようになりました。それは中小企業がどんどん減っていき、顧問となる取引先が減少していることが原因のひとつでしょう。

そうい言う中で、はたして資格をとることが、食べていくことにつながっていくのか、ということのようです。

確かに資格をとっただけで、すぐに就職できたり、独立できたりということに、必ずつながる、というわけではありません。けれども資格をもたなければ、よほどビジネススキルやネットワークがなければ、独立は難しいです。

また、今後、参議院選以降は、国は中小企業の整理にはいるでしょう。イメージ的には韓国や米国のようになっていくのでしょう。

そこで発生する大量失業をどこで吸収するか。

グローバルな海外企業は、むしろ人材を外に求めていきます。

国内は、医療、介護などシルバー産業中心のサービス業と、従来の基幹ビジネスだけです。


そしてベンチャーはなかなか生まれにくいので、それこそ、資格取得による個人開業と、個人同志のタイアップで付加価値を上げていくことが、食べる手段となるでしょう。

ただ、従来のように、資格の相談、という形でお金を稼ぐのではありません。コンサルや相談はなかなか日本ではお金にならないのです。

ファイナンシャルプランナーの主な収入源は保険です。つまり資格という専門知識を生かして何かを売る、ということです。

そこでみなさんにお勧めしたいのは、当社のしくみです。子供から、エンディングまで様々な商品やサービスがあり、それをアフリエイトやネットワークビジネスで販売できるのです。

こういう方法は様々な業界やジャンルであると思います。もちろん今一番お金につながるのが、「売る力」です。


資格は保証です。そしてお金を稼ぐノウハウは売る力です。売る力の最も大切なのが、マーチャンダイジングです。いかに売れるものを見つけるか、です。

そして、売るためには買ったお客様がいかに喜ぶか、感動するか、です。
それができれば、信者をつくることができます。つまり利用する相手が、自分が売ったものやサービスについて、どのように手放しに喜んでいただけるか、というイメージを売る前につけることです。

たとえば当社商品ですと、まず、ファミリーをターゲットに想定しましょう。親は隙間時間で英語や資格や簿記を勉強し、夜帰ってくると、子供には学習ソフトで勉強させます。親子でどれだけステータスが上がったか、みんなで目標を立てて、一週間でどれだけステータスを上げ、天下取りができるかをみんなで話し合うと、家族の絆が深まり、みんなが強いモチベーションを維持して学習を持続できます。

実際そうやって喜んでいただけるお客様がいらっしゃるのですから、それこそみなさんもそういう体験していれば、どんなに口下手でもその体験をお伝えすれば、買っていただけるでしょう。

そして買っていただいたお客様が、また他の人に伝えていただければ、それを繰り返すことで、みなさんは大きな報酬を恒常的に得ることができるのです。

自分の感動した体験を売る、それこそSNS型ネットワークビジネスの醍醐味です。


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