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学習 アーカイブ

2007年03月30日

はじめまして

はじめまして。メディアファイブの北畠です。このたび、ブログをスタートすることになりました。

 私は昭和35年6月、埼玉県さいたま市(2005年までは「浦和市」)に生まれました。昭和35年というと、戦後15年が経ち、ちょうど高度成長期が始まり、ようやく世相が明るくなり始めたころです。2歳ぐらいから記憶があるのですが、子供のころ、よく母に上野のデパートに連れて行ってもらいました。浦和から京浜東北線に乗って、車窓を眺めると、川口あたりで、鋳物工場が数多く立ち並び、キューポラという煙突から煙が流れているのが印象的でした。今ではほとんど見当たりません。

 上野へ着くと、白い服を着た傷痍軍人と呼ばれている人たちが、駅前でアコーディオンを弾いていました。なぜかいつも物悲しい曲だったように記憶しています。そしてデパートの屋上の遊園地で遊ぶのがとても楽しかったのを覚えております。帰りにコロンバンのマーブルケーキや不二屋の三色アイスを買って帰りました。今でも私は、その当時の面影を残す上野や御徒町界隈が大好きです。

 私は本が好きで、小学生になると学校帰りにいつも県立児童図書館に入り浸っていました。狼王ロボやファーブル昆虫記、ガリレオやニュートン、コロンブスなどの偉人伝、先ほど述べた川口を題材とした「キューポラのある街」などの児童文学、滝平二郎氏の季節感豊かな挿絵が美しい絵本、また太平洋戦争での本当につらい思いを描いた絵本が数多くおいてありました。原爆で親を失った子供の話、空襲で本当に恐ろしい経験をした話などずいぶんと読みました。絵本ですから、写真以上にその当時の恐怖や悲しみがじかに伝わったように思います。最近ではそういう絵本はあまり見かけないようです。戦後60年という歳月がそうさせているのかもしれません。

 私は幼稚園から中学まで一貫校にいました。学校での授業は、常に感受性を高め、子供たちに考える喜びを教えるものだったと思います。幼稚園のときは紙芝居やカルタをみんなで作ったり、小学校で印象にのこっているのは4年生の音楽の授業で、バッハのフーガト短調を聞いて大変感動したことです。
 「学ぶ」ということは、人が子供から大人へと続く人生のなかで、常に連続して体得していくものだと思います。そのなかで、その時代の背景、土地、親、先生、友人、図書館、本などあらゆる「学び」を演出する人やものや環境から影響を受けます。しかし私自身は「学ぶ」ということが、中学、高校になるに従い、「受験」という競争へまきこまれ、無味乾燥になっていくことだと感じました。もちろん「受験」を避けることはできません。「競争力をつける」という、社会でもっとも大切なことを教えてくれるものでもあります。

 しかし「受験」の弊害を少しでも取り除き、その人、その人の様々な学問の連続性や社会と「学び」とのつながりを感じさせ、自分の「学び」の足跡を残し、社会に出てから自分の「学び」の歴史が大きく役立たせる道具に、パソコンがなりうるかもしれない、と思いました。

 パソコンを「学び」に利用することは、賛否両論様々あります。けれども人それぞれが、自分の「学び」を思う存分社会に役立たせることができたなら、それはとてもすばらしい人生になるのではないでしょうか。メディアファイブでは、そういった観点から生涯学習を目指し、教育ソフト教材を開発しております。みなさんも、子供のころの本や教科書、ノートなどがのこっていたらぱらぱらめくりながら、一度、自分の「学び」の歴史をノートとかパソコンに記録してみませんか?

2007年05月02日

パソコンで学ぶメリット

パソコンで学ぶメリット
 パソコンで学ぶメリットをひとつあげろ、といわれるなら「世の中の真理を自由にいじれる」ということではないでしょうか。人が納得するプロセスは、いろいろいじってみて失敗しながら正解を導き出すことにあると思います。乳幼児はいろいろなものをなめながら、いじりながら覚えていきます。この学習法は、基本的には大人になっても変わらないと思います。パソコンはいろいろなものをあたかも実際でおこなっていたことに近い形で体験できます。疑似体験、すなわちバーチャルリアリティです。本来リアルな世界では失敗は様々な損失や痛みとなって現れます。


 本当は痛みを伴って学習することが最上なのです。痛みがその失敗をより深く考える動機づけをしてくれます。だからそういうリアルな学習を避けてはいけないと思います。最近ニートと呼ばれる人が増加してきました。こういう人たちは社会で痛い学習をすることに恐れているように感じます。私自身、学校を卒業して新入社員で会社に入ったころは死に物狂いでした。同僚に陥れられたり、上司にいじめられたりもしました。しかし闘って、闘って、辛抱して,少しずつより有利な位置へと上昇していこうとすることが大切ではないでしょうか。

 ただ現実の場合、失敗を重ねるとどんどん次のチャンスがなくなる、というデメリットも忘れてはなりません。失敗を自分の最小限の損失にとどめる「リスク回避」も大切です。昔の人は戦いに敗れれば死が待っていましたが、今のビジネスでは命まではとられません。しかしビジネス上の「死」はありえます。だからより失敗をしないため、また失敗の損失をより最小限におさえるためにもバーチャルでのシミュレーションは大切なのです。


 すなわちバーチャルのメリットは、損失ゼロで自由に失敗できる、ということ、いろいろな疑似体験を通して学べることではないでしょうか。だから社会に生きる「学び」はパソコンをいかにうまく利用するかにかかってくるのです。

 もっと直言すれば
「パソコンの使い方の巧さ」とリアルでの痛みのある「学び」とのバランスが、ビジネスでの成功につながるということだと思います。バーチャルでシミュレーションを徹底的におこない、現実での成功を確実なものとし、よりよい現実の痛みを体験することが、成功の秘訣なのではないでしょうか。

2007年09月17日

パソコンを利用した教育はシュタイナーに学ぼう

20世紀は肉体の機械化の時代でした。

人間の足の何十倍、何百倍の速さで移動できる自動車や飛行機。人間の力の何百倍、何千倍のパワーを持つトラックやクレーン車。生活圏、経済圏の規模は飛躍的に増大しましたが、頭脳はアナログのままでした。そこには、頭は人間の原寸大、体はキングコングといったいびつな形の20世紀の人間像がありました。

文明は専門特化され、先鋭化し、古代哲学のような科学と芸術、哲学の融合という本来の学問の本質は捨て去られました。専門家を増産するため、学校ではペーパーテスト中心の試験で高得点の人間だけを選別し、企業に入っても、より現実の目に見える利益をあげることが最優先にされ、その貢献度を点数化し、ふるいにかける。本来集団で活動する本質的な協業は失われ、人をけ落とすことで自分の出世を計る。道徳は形骸化し、若者を育てる精神は失われ、年老いては無用とばかり切り捨てる。

20世紀後半に入り、コンピュータが発明され、パソコンが普及し、21世紀に入るとインターネットが生活に入り込んできました。今こそアンバランスに小さい頭を成長させる時なのです。

みなさんはシュタイナーという人をご存じですか。19世紀から20世紀にかけて活躍したオーストリアの思想家、教育家です。今日の教育学、教育現場に多大な影響をもたらし、彼の教育理論は教育のバイブルと言っても過言ではありません。

やや乱暴にかいつまんでいえば、彼の理論は、理想的な大人になるために、幼児期、児童期、少年期、青年期それぞれにおいてどのように教育していったらよいかを、その年代の視点に立って述べています。幼児期の教育理論を読むと、われわれは幼児の視点に戻って教育を考えさせられ、少年期のものを読めば、少年期を思い出します。その理論では、理想的な大人とは、社会に貢献する意志を持ち、創造性に富み、正義と勇気と道徳心を兼ね備えた人間ととらえられているようです。

思えば20世紀の教育は、専門的な部分にのみ重きを置き、道徳や創造性をむしろ軽んずるものでした。本来、社会、とくに資本主義下では、人々は協力しあい、安定した経済のなかで繁栄が築かれるはずです。ところが多くの人が利潤追求に走り、道徳を失い、自己欲求ばかり満たそうとするあまり、戦争が起きたり、貧富の差が増大したり、バブル経済が生じたりするのです。

放送法に守られたテレビと大新聞のみが情報伝達手段を握り、国民が偏った情報しか得られないことや、人口の急増に伴うマス教育と得点主義の教育の弊害などは、20世紀の人間が、肉体ばかり肥大(つまり機械化)して頭脳がアナログだったがための悲劇です。

シュタイナーは次のようなことを述べています。授業には算数や数学のように概念で考えるものと、体育や音楽のように手足を使って学ぶものがあり、実は双方が関連づけされて、理想的な教育が生まれると。これを簡単に言うと、「学ぶことと実技の融合」です。つまり企業でいうOJT(仕事をしながらその仕事の技術を学ぶこと)が最も理想的な教育なのです。

これを学校の学習で実行させるには、パソコンを使った学習が最も有効です。学んだことに関して、自分なりの整理をしたり、じぶんなりの考えを書き込んだり、いろいろな視点で情報加工したりするのです。

またシュタイナーはまったく異なる分野を関連づけて学ばせることの重要性も強調して示唆しました。たとえばエジプト文明を学びながら、生体における肝機能も学ぶ。それによって歴史的認識が身近なものとなり、生体への認識が歴史的継続であることを把握するでしょう。大切なことは知識ではなく、そういった皮膚感覚で認識をすることなのです。こういう教育は20世紀に入り、西洋科学の偏重、専門特化の追求、知識の偏重により忘れ去られてきました。歴史すらも日本史、世界史と分離して学習しています。

私はパソコンでこのような学びの本当の喜びを回帰させようと考えました。メディアファイブではワールドヒストリー(日本史と世界史を結びつける)、死地則戦(孫子の兵法、戦争シミュレーション、経営戦略、シェイクスピア、コンピュータビジネスの攻防を結びつける)の商品開発を通し、まったく異なる分野を結びつけることによる新しいコンセプトを生み出そうとしました。OJTが最も理想的な教育と言いましたが、企業こそ、最も人生で重要な教育機関になるべきだと思います。

メディアファイブでは20世紀には埋もれさせられていた理想的教育を復活させるために、コンピュータを使い、幼児には自然への回帰、小学生には学習の楽しさ、中学生以上には学問への能動的アプローチ、社会人には企業研修のなかで道徳教育こそビジネス教育の基本、というコンセプトで商品を世の中に広めていくつもりです。

企業教育は、社会において最も重要な要素であり、重要な商品であり大きな社会的意義を持つものという位置づけができるでしょう。そのために、まず私たち自身が本当に有益に活用できる研修システムを構築しようと考えました。その本質は利益の正当な配分です。いかに働き、社会に還元し、利益を出すか。これが仕事における「学び」の最も重要なことではないでしょうか。社会での正当な働きに対する評価が確立されていなければ、高等教育をはじめ、成人になるまでの教育がいかにすばらしいものでも、その存在価値を失いなわれます。

そのような観点で開発したのが、人材育成型グループウエア「Next Revolution」です。社員があげた付加価値やカイゼンしようとした仕事を、正当に評価できるシステムなのです。

2008年10月31日

至高の学習法

来年初め、当社より「至高の学習法」という本を出版します。
以下はその前がきの原文です。


勉強法の本が、よく売れています。そして数多く出版されています。ノウハウ本というのは、誰もが手にするものですが、なかなか実行できないのが現状です。

人はなぜ勉強するのか。それは当然、生きていくためには働かなければならず、より良い条件で働くためには勉強していい学校や資格をとることが必要だからです。

今日、新聞にはこのような記事が載っていました。「25年後には平均的なプログラマーと大工はどちらが稼げるか?おそらく大工だ。」FRBの元副議長のアランブラインダーが言ったそうです。グローバル化が進むなかで、平凡なホワイトカラーの仕事は世界のどこかの新興国に代替されてしまうのです。

日本は今先進国でも最も低い成長率です。しかもそのプラスの部分はほとんど世界に誇るグローバル企業によるもので、実質的な国内経済はマイナス成長です。しかも少子化に歯止めがかからず、地方経済は壊滅に近い状態です。そのような状況下で成り立つビジネスそのものが少ないのです。

このような過酷な国内経済状況のなかで、どのように生活するか。いままでの働き方では普通の生活はできないのです。

どのようにすればよいか。まず自分の適性を見極めることです。次に自分のキャリアをいかに生かすか、です。自分の生きてきた人生を無駄にしないことです。どのような無関係とも思えるキャリアを積んでも、それを結ぶ仕事が見つかるものです。それがオンリーワンなのです。オンリーワンの仕事につければ、価格競争やグローバル化における新興国からのビジネスの脅威からもさらされることなく、またどんなに市場が縮小していってもニッチで仕事を確保することができます。またそのビジネスを続けていき、ブラシュアップしていけばグローバルに活躍することもできるのです。

このような職業を米国のロバートライシュ教授は「シンボリックアナリスト」と名づけました。成熟経済に突入した日本において、より多くの日本人がシンボリックアナリストとして活躍しなければならないでしょう。

私のことで恐縮ですが、私は、高校時代は理系志望でした。しかし大学は一転して教育学部に入りました。就職したのはゲーム会社です。そしてシンクタンクに転職しました。そこで起業してメディアファイブという会社を作りました。メディアファイブは子どもから大人までの学習ソフトを開発しています。また教育という観点から世界初の人材育成型グループウエアを開発したのです。若い頃から、何をやりたいか分からず、ばく然とただふらふらしていましたが、その経歴の蛇行が企業、学校、コンシューマーという3つの市場に、生涯学習、学校教育、企業教育という観点で、教育コンテンツやツールを開発することにつながりました。蛇行した経歴もオンリーワン企業の誕生にもれなく役に立つこともあるのです。

それではどうやってシンボリックアナリストになれるのか?皆さんも一度自分の経歴を考えてください。どのように結びつければオンリーワンになるのか、を考えるのです。
安藤忠雄氏はボクサーから通信教育で資格をとり、世界的な建築家になりました。アナウンサーの生島ヒロシ氏も一時テレビの仕事が来なくなったのですが、ファイナンシャルプランナー試験を取り、それをきっかけに仕事が増加したそうです。

なにか行き詰ったら、まず興味のある資格でも目指したらいかがでしょう。合格という目標をもって勉強しなければ、自分の身になかなかならないし、勉強をしているうちに、新しい仕事のアイデアが様々湧いてくるものです。

この本のなかで、パソコンを活用して学習することをご提案しています。有史以来人は道具を工夫することで、文明をつくってきました。道具を工夫した民族が世の中を制してきました。学習法にしても道具を工夫すればたとえ記憶力が悪くても、思考力が弱くても自分の思いがかなうのではないでしょうか。

たとえば、皆さんの自学自習は文字を読んだり書いたりすることがほとんどだと思います。しかし言葉は人類の起源とともに生まれたのに対し、文字は文明の起源である5000年前程度です。人間の生理的機能として耳で理解する音声の発達に比べ、目で意味を理解する文字は非常に新しい機能なのです。自学自習でも音声を活用することが、どれだけ効率的かは明白だと思います。

再度私ごとで恐縮ですが、私自身本当に若い頃から記憶力が悪く苦労しました。様々な記憶力を上げる工夫をしてきました。様々な学習法の本も検討しました。メディアファイブを操業して15年になりますが、その間いかにパソコンを利用すると効果的な学習ができるか試行錯誤し、資格試験の平均合格率は60%を超え、導入したある公立中学校では文科省の統一模試で日本全国で2位になる実績を上げました。

15年間試行錯誤した学習法の研究成果を今、皆さんご紹介させていただきます。この本の中には、社会人の学習だけでなく、小中高校生にも是非知っていただきたい学習法も入っています。鉄は熱いうちに打て、と言います。若い頃に、単に受験勉強を効率的にするだけでなく、脳機能を開発し、より個人の能力を大きく伸ばしていただきたいと存じます。そして学生の時に習得した学習法をそのまま社会人になっても活用できるのです。人生はいかに学習し続けて、そしてそれを社会に生かし続けるかが成功の秘訣ではないでしょうか。この本にはその秘訣が記させております。是非子どもからお年寄りまで皆さんに活用していただけたら幸いです。


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