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自然 アーカイブ

2007年09月17日

「ミヨリの森」を見て

 先日、フジテレビで「ミヨリの森」というアニメを見ました。偶然、テレビをつけたら、宮崎駿の新しい映画でもできたのか?と思い、しばらく見ていると、とてもいい感じなので最後まで見てしまいました。途中から見たので、あらすじは正確にはわかりませんが、東京っ子ミヨリは母親が自分を捨てて家出した後、祖父母の住む田舎で暮らし始めます。そこで、村の子供と最初はなじまないのですが、だんだん打ち解けていく。またミヨリの祖母に霊能力があり、その能力がミヨリにも備わっていて、森の精霊や座敷童などとも友達になる。ある日、ダムの計画でその村が水没する危機に見舞われる。それを森の精霊たちと救う物語です。印象的なのは一本桜の精がミヨリに水の循環を教えたところです。

 われわれの血はもとをただせば、海のプランクトンから始まるのです。それが魚になり、陸に上がり、哺乳類が生まれ、猿が現れ、人間へと進化する。その間中にも雨は降り、川に流れ、地下へと浸透し、海に流れ、水蒸気となって上がり雲となる。その循環は地球が誕生して海ができてから延々と続く。その映像を見ながら、8月に登った福島の宇津峰山のことを思い出しました。

 ここは須賀川市と郡山市の境にあり、南北朝時代、南朝の後醍醐天皇の孫である守永親王や北畠親房の次男である顕信が立てこもり、東北での南朝最後の軍事拠点となりました。標高677メートルのこの山の600メール付近で湧き出る清水を飲んだとき、とてもおいしくて感動しました。

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この清水がいつから湧き出たかは知りませんが、少なくとも600年もの昔、自分と血縁である人たちもここに立てこもって、この水を飲んでいたのです。当時は血なまぐさい戦乱のさなかで、水も食事も思うように手に入りにくく、この湧き水にどれほど立てこもっていた人は感動していたことでしょう。「水のおいしさ」という感覚が600年前の人々との共感として伝わってきます。今は野草の花が咲き乱れ、黄アゲハやオニヤンマが涼しげに飛んでいました。

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 人の死はDNAを新鮮に保つために存在する、という論がありますが、DNAに意思があれば(そのようなことは当然想像の世界だけですが)、人は親から子、孫と肉体を移り変わらせながら、いろいろなことを感じるはずです。また親の代でできなかったことを子供の代や孫の代で実現させたいと思うでしょう。歴史はそんな気持ちで学んだり、感じたりして楽しむものだと私は思います。

 「ミヨリの森」は循環する自然の大切さを主題としたものでしたが、5月に訪れたシアトルでの経験「シアトル雑感」(このひとつ前のブログ)にも通じるものでした。ヨーロッパはすでに多くの国が循環型社会そのものです。もちろんビジネスにも循環思想が取り入れられるべきでしょう。ビジネスが永遠に右肩上がりであることは幻想です。かならず波があるはずです。あらゆるものに歴史があり、よいときもあり、悪いときもあり、寒暖があり、悲喜こもごもです。人はそういった感覚を取り戻すことで、生を謳歌できるのかもしれません。

よいときを謳歌するのは当たり前です。悪いとき、寒いとき、悲しいときを謳歌する術を身につけるにはどうしたらよいのでしょう。

2008年01月24日

旭山動物園の奇跡

 先日、旭山動物園にいきました。旭川という辺境の地にあるこの動物園が、上野動物園の入場者数を越えたというニュースは、よほど特別なものがあるのだろうと想像していました。しかしいざいってみると、普通の動物園なのです。規模でいえば、けっして大きい動物園ではありません。埼玉の坂戸にある県立動物園のほうがはるかに規模は大きい。むしろシンプルな動物園です。しかし3時間という短い時間ではありましたが、実に、どの檻でも動物のドラマティックな動きを目にすることができました。

 まずチンパンジーは折の中を実に活発に飛び回っていました。高いところから飛び降りたり、実に俊敏に動いているのです。

白熊はとても美しく、上野動物園でみた白熊は毛などもぬけてとても汚かったので、旭川の白熊が活発にぐるぐる回っているのはとても感動的でした。以前雑誌で、この動物園の白熊が柱の陰から観客席を覗いている写真があり、白熊から見ると人間は水に浮かんだアザラシのように見えて、食べるために狙っている、と記事にあり、それがとってもユニークに感じたのを思い出しました。
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ゴマアザラシはとても毛並みも美しく、気持ちよさそうにのびのびと泳いでいて、しみじみゴマちゃんは泳ぐのが本当にすきなのだなあ、と時間のたつのも忘れて見入っていました。

トラにいたっては本当に活発で、人間が見ているところをいったりきたりして、足を上げたり、ほえていて、ガラスを隔てていても、小さい子供はおびえるぐらい迫力がありました。
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ペンギンもいきいき泳いだり、陸地であるいたりしていて、なんとはじめて交尾も見ることができました。それも3カップルぐらいしているのです。

アムールひょうはおりの上にいっぴきねむっていましたが、そこへ別のしろひょうがくると仲間争いの威嚇をはじめました。檻の下から観察ができるので、下からそのバトルをみると、その臨場感にとても迫力がありました。
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最初、これらの動態は客の前で、見せるしぐさをしているように調教されているのかと思いました。そのくらい、どの檻も動物はその野生の活発な姿を観客に魅せます。ところがこれは行動展示といって動物の自主性や自由度を増す工夫で檻を設計したり、飼育をした結果なのだそうです。

たとえば先ほど述べた白熊の展示にしても、本来人間に見られるだけでストレスになるものを、人間をエサにみえるようなしかけにすれば、白熊にとってドーパミン?が出て、常に生き生きと野生的でいられるでしょう。

このノウハウが動物を生き生きと活動をはじめさせ、結果、日本一の動物園になってしまった、ということのようです。私もこうも生き生きとしている、美しい動物を見ていると、とても元気になる気がしました。いままで私は動物園は苦手で、臭いし、汚いし、いつも隅っこで寝ているし、なにが面白いのだろう、と思っていました。どうも都会という檻のなかで、仕事や生活や人間関係に追われている自分のいやな部分と重なっていたのかもしれません。

旭山動物園のホームページで園長は行動展示を、「野生動物の特徴的な行動を展示することによって観察者に特徴的形態の意味が分かって貰えるし,何よりも野生動物そのものに感動して貰うことである」ということであり、「すべての行動は動物たちの意志でなければなりません。強制するようなことがあっては絶対に駄目」と言っていました。

 今回、私はこの動物園のプロモーションという観点に興味がありました。なぜこの偏狭な地にある、つぶれかけた動物園が、見る見る日本全国で旋風を巻き起こしたか、どういうプロモーションのからくりがあるのか、ということです。

しかし初めて訪れて、これはプロモーションという小手先のものでないことがよくわかりました。この動物園がこれほどブームになるのは、抑圧された現代人の一服の清涼剤になっているのではないでしょうか。それは心の阻害と人間不信と管理されつづける今日の社会への警笛なのかもしれません。檻のなかにいないのにもかかわらず、檻にはいった動物のように日々のしがらみに元気のないわれわれは、やはり自主性や自由を回復し、生き生き生きられる工夫をしなければならないのではないでしょうか。
旭山動物園の行動展示は動物をいきいきとさせる「システム」を作ったのです。

われわれも自主的で個性を活かせるシステムを仕事上で工夫しなければならないと思います。

「則天」はそういったことを目指して開発しているシステムです。
2年間利用した社員の声をご紹介します。

開発部:一つ一つの業務は別々のようですが、過去の何かしらの業務とつながっていることも少なくありません。以前の状況を振り返ることで、現在直面している業務がこなし易くなることもあるのではないでしょうか。

開発部:当時の状況を詳しく思い出したい時に結構活用しています。また、今後も必要な作業手順を、専門スキルに記録できるので便利です。

総務部:掲示板があるので、意見を言いやすくなり、会社に参加している意識が高まったと思います。

営業部:私が主に使用している機能は、日報や業務の詳細、掲示板機能です。これだけでも、自己管理と組織とのつながりが明確になり、便利です。

2008年03月30日

また桜の季節がやってきました。
先週の金曜日、新人歓迎会も兼ねて近くの公園でお花見をしました。毎年、この催しをおこなっているのですが、いつも寒い思いをしています。なぜお花見をする日に限って寒いのでしょうか。2001年の春などは大雪が降りました。満開の桜に降る雪はとても美しかったのを覚えています。

よしの山 さくらが枝に雪ちりて 花おそげなる 年にもあるかな 西行
(吉野山の桜の枝に雪が舞い 今年は寒いので開花が遅れる年なのかな)
桜を背景にする春の雪は、いつの時代も人に感動をあたえます。

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(吉野山の桜)

土曜日には両親と河川敷のゴルフ場へハーフをやりに午後から行ったのですが、桜のほかにも桃や菜の花、ゆきやなぎが咲き乱れ、さながら桃源郷のようでした。

桜はとても美しいのだけれど一筋縄にはいかないようです。あまりにきれいなので、お花屋さんで枝を買ってはつぼに生けたり、鉢を買ったり、庭に植えようともしましたが、あまり縁起がよくないようなのでやめました。

桜は手に入れたりしてはいけない、なにか崇高な花なのかもしれません。
やはり神社の桜を時々眺めるのが一番安全で、気楽な楽しみ方のようです。

桜をテーマにした私の好きな短歌をご紹介します。

やはり始めは、百人一首で有名な

久方の ひかりのどけき春の日の しずこころなく花のちるらん  紀友則
(永遠にふりそそぐ のどかな春の日の光のなかで 静かに、無心に花がちっていきます)

西行はもちろん桜で有名な歌人です。

ほとけにはさくらの花をたてまつれ我がのちの世を人とぶらはば(私が死んだなら 桜を供養にたむけてください)

たかおでら あわれなりけるつとめかな うつろい花とつづみうつなり
(高雄寺でなんとういう趣き深いおつとめをされているのでしょう。桜の散る中で鼓を打つとは)

風にちる花のゆくへはしらねども をしむ心は身にとまりけり
(風に散る花びらがどこへいくのかはわからないけれど その散る花びらが 散るのを惜しむ心のように私の身にとまります)

いかでわれこの世のほかの思ひいでに風をいとはで花をながめん(どうしたことか 私はこの世の思い出に 強風をいとわず桜が散るのを見ていたい)

西行は前のブログでご紹介した藤原頼長と同時代の人です。もともと鳥羽院につかえていましたが、50歳のおり、鳥羽院の息子で保元の乱で敗れた崇徳上皇の霊を鎮魂するために讃岐をまわっています。そして藤原頼長の息子で琵琶の名手の師長は保元の乱で一度土佐に流された後、1164年に許され都に帰り、1177年に太政大臣になりましたが、1179年の平清盛のクーデターで尾張に流されました。平家物語の「大臣の配流」の項目です。

平家物語といえば、

平忠度の
さざ浪や 志賀の都は あれにしを 昔ながらの 山ざくらかな

というのが有名です。
埼玉県岡部町の岡部六弥太が忠度を討ち取った際、よろいについていた一首が上の句でした。

私は、
ゆきくれて木のしたかげをやどとせば 花やこよいのあるじならまし
が好きです。

平家物語つながりでいえば、
後白河院が建礼門院を寂光院にたずねたとき、
池水に 水際の桜散りしきて 浪の花こそ さかりなりけれと読みました。

今日はここまでにしておきます。

2016年10月02日

三島由紀夫「ライ王のテラス」と天空の城ラピュタとアンコールワット

三島由紀夫「ライ王のテラス」という戯曲をご存知ですか?最近宮本亜門の演出、鈴木亮平主演で今年三月に上演されました。

三島由紀夫「ライ王のテラス」という戯曲をご存知ですか?最近宮本亜門の演出、鈴木亮平主演で今年三月に上演されました。

三島由紀夫最後の戯曲であり、先のブログでご紹介した最後の小説「豊饒の海 第三巻 暁の寺」の取材に三島が1970年にタイに行ったあとに、カンビジアに足を延ばし、アンコールワットに行って、そこで着想して書いたそうです。

題名がセンシティブなのか、本は発禁となり、今は、三島由紀夫全集25巻でしか見られないそうです。
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ストーリーは日本では鎌倉時代を同時代とするクメール王朝の国王 ジャヤーヴァルマン7世が遠征し、勝利し、アンコールワットの隣接しているところに、バイヨン神殿を作るところから始まります。
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(アンコールワット)
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(バイヨン神殿)
しかし、王宮の場所や向きが悪い、と占い師に反対されながらも、王は王宮建設を着工します。terasu1.jpg
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(ライ王のテラス)

それが原因かどうかは定かではありませんが、王はライ病に侵され、人前に姿を現さなくなります。
そうしているうちに、側近の宰相は、王を暗殺しようと試み、王の生みの母は宰相とねんごろになり、王を殺して、もう一度生みなおそう、と試み、第2王妃に、王の暗殺を命じます。

しかし第2王妃はそれを拒み、しかし宰相に犯されそうになります。 そこを王の母が宰相を背後から刺し、宰相は死の間際に王に、自分と第2王妃は密通していた、と嘘をついて死んでいきます。

王は誰も信じなくなり、ナーガという蛇神を妃として、誰も近づけようとはしません。
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(蛇神ナーガ)

いよいよ王に死が近づき、王は死ぬ間際に、自分の健康な時の若い肉体の王の幻を見ます。

そして王の精神と肉体の対話がはじまり、肉体は肉体の不死の勝利を主張し、精神は精神の永遠の勝利を主張しました。

しかしついに、王は死にます。塔上の若く美しい肉体は自らの勝利を讃え、「肉体こそ永遠なのだ。青春こそ不死なのだ」と言いました。

三島は、市ヶ谷駐屯地での自死を決意し、自分の精神と滅びゆく肉体に問いかけていたのでしょう。

確かに、三島の精神は死後50年経とうとしている今日でも、いや今日こそ、予言者の復活のごとく燦然と注目されています。

これだけ、死後50年たっても、いまだに映画や劇で上演される作家は、空前絶後でしょう。


話は飛びますが、天空の城ラピュタを見たことがありますか?

かつて栄えていた都市が滅び去り、壊れたロボットがなまなましく、ときどき忘れたように動く。

アンコールワットへ行った時、ラピュタを思い出しました。

まさにラピュタの世界が繰り広げられていました。

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アンコールワットがいつ滅びたか、はっきりわかっていません。タイに滅ぼされたとも、南に王国の首都を移したとも言われています。

アンコールワットが発見されたのは19世紀、フランス人によってジャングルで見つけられました。

アンコールワットの壁画の天地創造は、日本の古事記や日本書紀の天地創造ととても似ています。

歴史学者トインビーによると、文明のサイクルは、自然環境と優れた指導者が現れて誕生し、自然環境や人口増加、隣国との戦争などの問題解決する過程で成長し、問題解決に失敗して衰退を始め、内乱やクーデター、隣国にとの戦争で滅ぼされるそうです。

企業も似たようなものですが。

しかし文明が栄えている時間は本当に一瞬です。

ちなみに最強の恐竜Tレックスは、3000万年地球を支配していました。人間はせいぜい20万年。文明が生まれたときを考えると、せいぜい一万年です。

そんなあっと言う間の時間で、人の一生はさらに一瞬です。

アンコールワットには、江戸時代に森本一房という日本人が祇園精舎と間違えて出かけたそうです。

祇園精舎といえば、平家物語
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の鐘の色 盛者必衰の理を現す おごれるものは久しからず ただ、春の夜の夢の如し 」
アンコールワットの回廊には、さまざまな歴史を刻んだ叙事詩が描かれています。

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人の少ないこの回廊の石の彫刻を眺めながらあるいていると、本当に人間の肉体は一瞬に滅びるのだなあ、と感じます。

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「ライ王のテラス」の主題が身に染みて感じます。

回廊の石の彫刻を眺めていると、突然激しいゲリラ豪雨がふり注ぎました。こちらの通り雨は降る時間は短いのですが、降るときは、バケツの水を流すがごとく、降り注ぎます。
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現世で右往左往する私たちも、アベノミクスも、大恐慌も、中国や北朝鮮問題も、国債暴落の恐れも、そして地震すらも ただ春の夜の夢の如しです。

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