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2016年12月 アーカイブ

2016年12月13日

日本の強みは「総中流」だった・・

どこかの外人の記事に出ていたのですが、

日本は一人当たりにすると、決して優秀な民族ではないそうです。


一億3千万人も人口がいるから、GNPもノーベル賞の数も多いそうです。


少なくとも米国には勿論かなわないでしょう。

なぜならインターネットを通して、世界の情報と金融を掌握しているのですから。


中国は人口が、日本の十倍以上いるのだから、やはりかないません。


それでは、日本の強みはなんなのでしょう。


すでにかつて、という言葉ですが

それは「総中流」でしょう。


昔の話ですが

かつてほぼ7割の人が中流意識をもっていたから

消費市場も巨大だったし、

教育もいきとどいていたし

優れた企業を数多く輩出したのです。


いまや、日本は人口しか優越できるものがありません。


貧富の差は増し、大企業と中小企業の格差も増し


市場は縮小し、人口も縮小をはじめ、もうすぐフォールという激減状況になっていきます。


日本を救うものは、ただただ総中流を復活させることでしょう。

それには、やっぱりフリーランスで活躍できる世の中にすることしかありません。


日本は・・・。

2016年12月14日

日本の現代の大天才について考える

ドナルドキーンが、なにかのエッセイで語ったことは、自分の人生で出会った、これは、という大天才は、三島由紀夫とウェリーだという。ウエリーという人は、源氏物語を英訳した人で、正宗白鳥は、ウエリーの源氏物語を読むのが一番源氏を理解するにはいい、と言わしめた翻訳者です。

勿論ウエリーは三島由紀夫や川端康成なども翻訳しています。


ぼくは、これは、という現代の天才をあげるなら、三島由紀夫、小林秀雄、辻井喬(堤清二)、林房雄、小室直樹かなあ。

林房雄は小林秀雄と仲が良く、三島と辻井喬(堤清二)は仲が良く、三島と林は仲がいい。小林と辻井は白洲正子を通して、交流はあったのかもしれません。

最近気づいたのですが、辻井喬(堤清二)の命日はなんと三島と同じ11月25日。ちなみに余談ですが、メディアファイブの設立記念日でもあります。


しかし小林は三島の才能を認めてはいたものの、三島を遠ざけていた。
なぜ小林は遠ざけていたか、というと、まったく思考方法が正反対なのです。

その一例が天皇制についての言及で明白です。
三島は、林房雄との対談で、自分は天皇が神である時代を生きれたことが、ことのほか幸せだ、と言い切りました。

小林は講演で、学生から「天皇制をどうお考えですか?」と聞かれたとき、非常に機嫌が悪くなり、そんな抽象的な質問するな、とたしなめ、そして次のように語りました。

宮中を訪れた際、天皇のそば近く使える人が、「小林さん、そんなに鴨がお好きなら、こんど、新嘗祭の時にいらっしゃい。天皇が神殿に入ったあとは、周りの人は外で鴨汁を飲んで待っているのです。その鴨汁とてもおいしいのです。」

天皇を考えるなら、天皇とその時代をともに暮らす人とのかかわりを考えるべきです、と言いました。


おそらく乱暴な比較でいうならば、三島は死という終焉を最高の美の終焉ととらえ、モーツアルトのレクイエムのような美しさを創造することをめざしていたのでしょう。


それに対し、小林は、人間の生きる本質をとことん追及していたのかもしれません。それは美も醜も含めて。

もっとわかりやすく言えば、日本の精神的独立のために死ぬ事こそ最高の仕事と言う三島と、何言ってんだべらんめー独立目指して一千万人の人間殺すくらいなら、属国となろうが、銀シャリ食えれば、脳味噌の中身までは誰も支配できっこねえだろって言う小林の違いでしょう。

辻井喬は、小説も、随筆も、評論も素晴らしいのですが、なんといってもセゾングループを一代で築き、一代で消滅させたことでしょう。

今から30年前、私は、大学卒業後、ゲーム会社に就職し、大阪の塚口というところに寮があり、そこに住んでいたのですが、それはもう、終戦直後のような下町で、文化住宅といわれている長屋やバラック小屋がたくさん立ちらなんでいました。そういう下町を、誰も知り合いのいない、暇な日曜日に、てくてく尼崎を散歩していると、突然巨大な未来的な建物が出現しました。

「つかしん」といわれる西武デパートでした。

それはそれは近未来なデパートで、堤清二は、ここで未来的な街づくりをチャレンジしたようです。

あれだけ日本を代表する小説を書く人間が、それは仕事の合間で、しかも、もちろん西武グループという財閥を率いた父親の長男に生まれたにしろ、しかし、それを継いだのは、弟であり、西武デパートという一つの赤字デパートだけをもらって、それをコンセプトや芸術性、文化性を秘めた一兆円グループ企業を築いたのは、稀代の大天才と言わざるを得ないでしょう。

しかし、イトマン事件に巻き込まれ、バブル崩壊とともに、不動産の焦げ付きとともに消滅しました。
そして2013年11月25日その前年に最後のインタビューをのこして死去しました。


これらの人々のやっぱり一番大きなテーマは、
「太平洋戦争の敗戦」と「天皇制」と「日本の独立」でしょう。

先にも引用した、三島は林との対談で、当時、ソ連がチェコに侵入したとき、三島は、「チェコの閣僚のひとりが自殺でもしたら、ソ連侵攻はとどめられたかもしれない」また日本の安保闘争も「安田講堂にこもった学生の一人でも自殺すれば、安保闘争は実のあるものとなったのに」と言いました。

そして作家は死をもってその作品を活かすことができる、と言い、まさに彼はそれを実行しました。

小室直樹は三島由紀夫を不世出の大天才と評しました。


すでに死後45年がたち、これほどまでに、日本で影響力を行使できた作家は、後にも先にも三島由紀夫だけでしょう。

私は15歳から繰り返し小林秀雄と三島由紀夫を読んできました。20歳から小室直樹の「ソビエト帝国の崩壊」に出合い、小室を読むようになり、30になって辻井喬、40になって林房雄を読むようになりました。


この大天才たちは、すでにこの世にはいません。もし今生きていたら、今の日本の現状をどう、評価していたでしょう。

三島はすでに絶筆となった豊饒の海の最終巻の天人五衰や「英霊の声」で、この現代を予言しています。

愛国心のない国は滅びるのでしょうか?でも最近ネトウヨを象徴するように、日本人に、愛国心が僕の学生時代に比べ、はるかに強い気がします。アニメも明治維新などの歴史ものも多いし、なにより安倍内閣の支持率の高さがそれを物語っています。


ただはっきりいえることは、僕が子供のころから知っている,先にあげた、時代に残る、大天才といえる人は今日生きている人のなかには見当たらないかもしれません。

2016年12月18日

超天才三島由紀夫

先に、ご紹介したように、ドナルドキーンが人生で出会った最高の天才とは、三島とウエリーだといいました。

三島は、自衛隊の決起を促して、1970年11月25日に自衛隊市ヶ谷駐屯地に突入しました。

かれのような超天才が、このクーデターが成功するとは、勿論思っていなかったでしょう。


たとえ成功しても、ちょうどソ連がチェコに侵攻したように、すぐに米軍に鎮圧されるでしょう。

さらに、当時、学生を中心に、左翼運動家が多く、中国やソ連もそういう運動家を利用して介入してきたかもしれません。

いずれにしても、もし自衛隊の一部でも三島由紀夫になびいたら、それこそ、日本の大混乱だったでしょう。

しかも国民の意識は、一部を除いて、大多数は、先の太平洋戦争に辟易してほとんど否定にまわるでしょう。

そのようなことを百も承知して、なぜ、三島は決起したのか。

自衛隊が、米軍から独立することは、ほとんど不可能でしょう。


おそらく三島は自分の作品を、日本文化のエッセンスとして、国に、もっと言うと、日本の歴史にくさびを入れたかったのでしょう。


そしてそのくさびは45年たった今日、さらに大きな文化的な力となって光り輝いています。

その証拠に、今日において、籟王のテラスも、黒蜥蜴も、近代能楽集も劇で演じられています。


敗戦後、GHQによる軍事占領がおこなわれ、1985年のプラザ合意で、経済において米国の侵攻がはじまり、2001年以降、経済も実質占領のような状態になりました。

一人当たりのGDPは、1995年をピークに、今日に至っては、先進国で最低です。

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ところが、最近日本ブームが起こり、日本文化が世界中で見直されることになったのです。

神社仏閣いたるところで外国観光客であふれ、ホテルは満杯、日本食は世界中で愛されるようになりました。

今から10年前、ラストサムライなるハリウッド映画が興行され、これは、日本にイラク戦争を参加させるプロパガンダだ、という声もよく聞きます。


しかし、先行して世界に広まった黒沢映画や三船敏郎、最近はジブリ映画など、武士道や自然、神仏、そしてなにより日本食を世界中の人が魅了するようになったなのです。

榊原英資氏が、なにかの本に書いていましたが、その食文化が世界的にブームになる国が、世界の主役の国になると。


確かに、日本食が世界で人気になれば、日本のあらゆる製品が、世界中の人々に、関心を持たれることになります。

電化製品も、自動車も、アニメも、観光も、芸術も、そして教育も。 ・・・さらに慎重に熟慮をしなければなりませんが、平和憲法も、天皇制の在り方を含めた歴史も。


軍事的独立などしなくても、金融や情報を支配されても、文化で世界を席捲すれば、日本はその存在を輝かすことができます。

パフィではないけれど、それが日本の生きる道ではないでしょうか?

もし三島由紀夫が、現代まで生きていて、この状況を見たらなんというでしょうか?

ただただ、この国の軟弱と堕落を嘆くのみでしょうか?

彼の最後の小説の豊饒の海は4巻からなり

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明治時代末期に、軟弱で廃頽した性格の松枝清顕という、侯爵家の一人息子がタブーに命をかける第一巻「春の雪」と

清顕が転生して、右翼の息子で、剣道に生き、信念のために、資本家を殺害して自決する飯島勲が主人公の「奔馬」と

勲が終戦後転生し、タイの姫で、奔放できまぐれで、周囲を翻弄する月光姫を主人公とする「暁の寺」と

月光姫の転生かと思われて、時代は1970年でしょう。本田繁邦の養子となって本田を悩ませる安永透を主人公とする三島の絶筆「天人五衰」。
しかし安永透は転生の証拠となる,20歳での死が実現出来ず,失明して生きながらえます。

最後に,第一巻から通して転生を追いかけた本田繁邦は、月照寺の綾倉聡子を訪ねました。

第一巻で親友の松枝清顕が犯したタブー、皇族の婚約者綾倉聡子との逢瀬が発覚し、清顕は20歳で死に、聡子は月照寺で尼さんになっていたのでした。

本田は80歳になる聡子に昔話を始めると、聡子はきょとんとし、そんな話は知らない、と言う。

そして聡子は本田に、本当にそう言う事がこの世で存在したのか、それも心の問題でしょう、と狐につままれたような事を言います。

これは仏教の輪廻転生の問題であり、輪廻転生とは、生まれ変わることであり、人が死に、生まれ変わるのは、魂ではなく、阿頼耶識、簡単に言うと「意志」が生まれ変わるそうです。

そして形にみえるものは、心にうつるものであり、事実は何もなく、なにもないなかで、形になって、スマフォのゲームのように現れる、という色即是空、空即是色を聡子は本田に悟らせて、物語は終わります。

これを書き終えて、三島はその日の朝に市ヶ谷駐屯地に切腹しに行きます。

確かに、第四巻の「天人五衰」は1970年代からバブルまでのいわゆる「昭和」の時代が時代背景でした。

ところが、今は、また明治末期から大正への第1巻「春の雪」の時代に戻ったのではないでしょうか?


その時代と当然同じではありません。平成は、年を追うごとに、経済は停滞し、老人は増加し、地震や災害も増加して、幸いにして戦争はないものの、そしてスマフォに代表されるバーチャルな時代となり、「ネトウヨ」なる新たな愛国者なるものも出現しました。

日本の食文化は世界に人気を博し、日本の古都は外国人で埋め尽くされ、そのなかで、外国人から日本の良さを実感させられ、昭和バブル時代の、金や物欲が国民の中から消えて、ジブリを代表されるアニメは世界に冠たる日本文化の代表となり、若者は自動車を持つことに固執しなくなり、類型的には、明治末期から大正時代に近いのかもしれません。

しかも連続する災害に、若者は数多くボランティアとして参加し、利他の精神は健在なり、という風潮になっています。

一人ひとりが、オンリーワンをめざし、精神的豊かさのなかで、暮らせる仕事をしていくことが、今日的な働き方なのかもしれません。


当社も、殺風景なオフィスビルから住宅街のモダンな一軒家にオフィスを移しました。

絵を飾り、みんながマイペースに文化的創造ができるよう、そんな働き方を目指します。

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