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日本の現代の大天才について考える

ドナルドキーンが、なにかのエッセイで語ったことは、自分の人生で出会った、これは、という大天才は、三島由紀夫とウェリーだという。ウエリーという人は、源氏物語を英訳した人で、正宗白鳥は、ウエリーの源氏物語を読むのが一番源氏を理解するにはいい、と言わしめた翻訳者です。

勿論ウエリーは三島由紀夫や川端康成なども翻訳しています。


ぼくは、これは、という現代の天才をあげるなら、三島由紀夫、小林秀雄、辻井喬(堤清二)、林房雄、小室直樹かなあ。

林房雄は小林秀雄と仲が良く、三島と辻井喬(堤清二)は仲が良く、三島と林は仲がいい。小林と辻井は白洲正子を通して、交流はあったのかもしれません。

最近気づいたのですが、辻井喬(堤清二)の命日はなんと三島と同じ11月25日。ちなみに余談ですが、メディアファイブの設立記念日でもあります。


しかし小林は三島の才能を認めてはいたものの、三島を遠ざけていた。
なぜ小林は遠ざけていたか、というと、まったく思考方法が正反対なのです。

その一例が天皇制についての言及で明白です。
三島は、林房雄との対談で、自分は天皇が神である時代を生きれたことが、ことのほか幸せだ、と言い切りました。

小林は講演で、学生から「天皇制をどうお考えですか?」と聞かれたとき、非常に機嫌が悪くなり、そんな抽象的な質問するな、とたしなめ、そして次のように語りました。

宮中を訪れた際、天皇のそば近く使える人が、「小林さん、そんなに鴨がお好きなら、こんど、新嘗祭の時にいらっしゃい。天皇が神殿に入ったあとは、周りの人は外で鴨汁を飲んで待っているのです。その鴨汁とてもおいしいのです。」

天皇を考えるなら、天皇とその時代をともに暮らす人とのかかわりを考えるべきです、と言いました。


おそらく乱暴な比較でいうならば、三島は死という終焉を最高の美の終焉ととらえ、モーツアルトのレクイエムのような美しさを創造することをめざしていたのでしょう。


それに対し、小林は、人間の生きる本質をとことん追及していたのかもしれません。それは美も醜も含めて。

もっとわかりやすく言えば、日本の精神的独立のために死ぬ事こそ最高の仕事と言う三島と、何言ってんだべらんめー独立目指して一千万人の人間殺すくらいなら、属国となろうが、銀シャリ食えれば、脳味噌の中身までは誰も支配できっこねえだろって言う小林の違いでしょう。

辻井喬は、小説も、随筆も、評論も素晴らしいのですが、なんといってもセゾングループを一代で築き、一代で消滅させたことでしょう。

今から30年前、私は、大学卒業後、ゲーム会社に就職し、大阪の塚口というところに寮があり、そこに住んでいたのですが、それはもう、終戦直後のような下町で、文化住宅といわれている長屋やバラック小屋がたくさん立ちらなんでいました。そういう下町を、誰も知り合いのいない、暇な日曜日に、てくてく尼崎を散歩していると、突然巨大な未来的な建物が出現しました。

「つかしん」といわれる西武デパートでした。

それはそれは近未来なデパートで、堤清二は、ここで未来的な街づくりをチャレンジしたようです。

あれだけ日本を代表する小説を書く人間が、それは仕事の合間で、しかも、もちろん西武グループという財閥を率いた父親の長男に生まれたにしろ、しかし、それを継いだのは、弟であり、西武デパートという一つの赤字デパートだけをもらって、それをコンセプトや芸術性、文化性を秘めた一兆円グループ企業を築いたのは、稀代の大天才と言わざるを得ないでしょう。

しかし、イトマン事件に巻き込まれ、バブル崩壊とともに、不動産の焦げ付きとともに消滅しました。
そして2013年11月25日その前年に最後のインタビューをのこして死去しました。


これらの人々のやっぱり一番大きなテーマは、
「太平洋戦争の敗戦」と「天皇制」と「日本の独立」でしょう。

先にも引用した、三島は林との対談で、当時、ソ連がチェコに侵入したとき、三島は、「チェコの閣僚のひとりが自殺でもしたら、ソ連侵攻はとどめられたかもしれない」また日本の安保闘争も「安田講堂にこもった学生の一人でも自殺すれば、安保闘争は実のあるものとなったのに」と言いました。

そして作家は死をもってその作品を活かすことができる、と言い、まさに彼はそれを実行しました。

小室直樹は三島由紀夫を不世出の大天才と評しました。


すでに死後45年がたち、これほどまでに、日本で影響力を行使できた作家は、後にも先にも三島由紀夫だけでしょう。

私は15歳から繰り返し小林秀雄と三島由紀夫を読んできました。20歳から小室直樹の「ソビエト帝国の崩壊」に出合い、小室を読むようになり、30になって辻井喬、40になって林房雄を読むようになりました。


この大天才たちは、すでにこの世にはいません。もし今生きていたら、今の日本の現状をどう、評価していたでしょう。

三島はすでに絶筆となった豊饒の海の最終巻の天人五衰や「英霊の声」で、この現代を予言しています。

愛国心のない国は滅びるのでしょうか?でも最近ネトウヨを象徴するように、日本人に、愛国心が僕の学生時代に比べ、はるかに強い気がします。アニメも明治維新などの歴史ものも多いし、なにより安倍内閣の支持率の高さがそれを物語っています。


ただはっきりいえることは、僕が子供のころから知っている,先にあげた、時代に残る、大天才といえる人は今日生きている人のなかには見当たらないかもしれません。

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2016年12月14日 08:46に投稿されたエントリーのページです。

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