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2008年11月 アーカイブ

2008年11月07日

玉川温泉と焼山

11月初旬の三連休に、両親と玉川温泉にいってきました。最初に行ったのは7,8年前になりますが、今年で3,4回目です。とても酸度の強い温泉で、ガンや脳梗塞のリハビリで来る人が多いので有名です。末期がんの人が何度も詭篤になりながら、少し良くなってはこの温泉で療養するなど、奇跡的な話も聞きます。

ここには3件の温泉宿があります。そして原泉が噴き出ているところは河原になっていて、そこに北投石という硫黄を結晶化した石が数多く埋まっており、そこから微量の放射能が出て、がんに効くのだそうです。

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この温泉は1680年にまたぎが発見し、本格的に開かれたのは明治17年で、それまでは、けがをした鹿やいのししが白濁した暖かい川に身をつけて傷を治す姿を猟師やまたぎが見て、ひそかに彼らの自然の湯治場だったそうです。

私はここがとても好きです。なによりも行楽地特有の浮ついた雰囲気がありません。
地熱のあたたかい河原で横たわっていると、なんだか鹿になったような気分で、自然の治癒力を感じます。ただ療養ではない私は、いつも毎日3~5回、30分ほど原泉50%の露天風呂に入り、そのなかで北畠親房の「真言内証義」と北畠顕家の「奏文」を繰り返し読んでいるのです。顕家の「奏文」は前にもブログで紹介しましたが、親房の「真言内証義」はあまりに難しくて、何度読み返してもよくわかりません。ただ毎回意味もよくわからず読んでいると、なにかしらいつも悩んでいる答えを先祖に教えてもらえる気がするのです。

今回教わった答えは真言内証義の冒頭部分に書かれている「仏教には法、報、応の三つの構成要素からなる。法身の仏は法界に無限に存在する。報身の仏は浄土を常に清め、菩薩を導く。応身の仏は大衆の迷妄をその悲しみで濁った世を清める。」というくだりです。

つまり仏教は難しいから3段階に分けて教えを広めている、ということです。そこで日頃悩んでいる当社の開発したグループウエア「則天」をどうやって世間に普及させるか、ということです。今回悟った?のはこのシステムは3段階で普及させるべき、ということです。
第1段階は改善提案を定着させるグループウエアとして
第2段階は仕事のなかで目標、実績そして予算、コストを明確に定着させるプロジェクト管理として
第3段階は個人の生産性を社員全員に意識させるシステム
としてです。

おまえは温泉にいってまでも仕事のことが離れられないのか、と言われそうですが、私の使命は世の中の経営と教育のイノベーションにお役に立つことなのです。今こそそれが本当に差し迫って必要な時期に来たのだと思います。

話を元に戻しますが、この河原にござを引いて、仲好く寄り添って寝ている老夫婦も数多く見かけます。この地は生と死を真剣に見つめ、生を大切にしようとする大衆の修験道場のようです。人は死を意識すると、普段囚われているつまらない欲望、見栄や虚飾になにものの価値も見出せなくなり、ただシンプルに生きることのありがたさに目覚めるようです。病院のような暗さはなく、わずかな可能性でも自然の治癒にかける人々の真剣さが、美しい景色のなかで溶け込み、とても素晴らしい調和の空気を醸し出しています。

そしてところどころで水蒸気や湯が噴き出ているのですが、この噴き出し口に、網にじゃがいもやサツマイモ、玉ねぎなどを入れて投げ込んでおくと、20分でふかすことができ、足湯をして待っていると、とてもおいしい昼飯ができあがります。

この時期は、この地はもう紅葉も終わりかけです。ここまでのバスからの景色はとても美しい紅葉でした。

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でも私は冬が好きです。真白に覆われた雪景色は、この温泉峡にぴったりです。今年は五月の連休前にも来ましたが、まだ雪が残り、雪の下からところどころで蕗の薹が出ていました。

花をのみ待つらん人に山里の. 雪間の草の春をみせばや というのを思い出しました。

ただ、花より団子で、少しとって家に帰って味噌焼きにしました。

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(春の玉川温泉)
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(春の玉川温泉)
この温泉が気に入っている理由がもう一つあります。焼き山のふもとにあることです。焼き山とそれにつづく八幡平は、大学時代、ワンダーフォーゲル部で1年と3年の時、3月の雪山に1か月近くこもりました。玉川温泉から、焼き山を挟んで反対側に位置する御所掛温泉をベースキャンプにし、焼き山の非難小屋に1週間ほど宿泊し、周辺を山スキーで縦走しました。晴れた日は樹氷の間をスノーダストが舞い上がり、そそり立つ雪ぴのがけをウエーデルンで舞い降りるが如く滑るのは、銀世界の本当に夢のようでした。パウダースノーだからどんな急斜面でも、簡単に滑降できるのです。本当に楽しい思い出でした。
その思い出の焼き山に登ろうと、前回から挑戦しているのですが、前回はまだ雪ののこっている4月だったので、途中で断念しました。今回は、2日目の挑戦は、雨が強くなり、断念し、3日目は午後2時5十分に出発したので焼き山山頂1キロ手間で3時半になり、最後の急登を前に、またしても断念しました。あと20分もあれば山頂にいけるとは思いますが、往復40分増やすことは、下山中に真っ暗になることが予想できます。焼き山は玉川温泉から3キロの距離なのですが、もう何年も山に登っていないからか、私にはけっこうきついです。
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(焼山への道)
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(目前の焼山)

今度来るときは午前中に登ります。

2008年11月16日

真言内証義と経営システム

前のブログで、玉川温泉につかって北畠親房の「真言内証義」と顕家の「奏文」を繰り返し読んだことは述べました。なぜこの二つか、というと、顕家の思想的主張はこの「奏文」にしか書かれていないのですが、「真言内証義」は比較的短文で、しかも曼陀羅についてかかれているからです。いくら読んでも、難しすぎてよくわからないのですが、なんとなくこの中に当社が5年をかけて開発している経営システム「則天」の普及へのヒントが隠されているような気がしたのです。「読書百篇意自ら通ず」という言葉がありますが、70回くらいしか読んでいないので、まだ意自ら通じていません。ただこうやって文章にしてしまえば、少しは理解が進むかな、という思いから筆をとりました、ならぬキーボードをたたき始めました。

まったくの素人の私が無造作に話すとご批判を受けるかもしれませんが、早い話がもともと仏教の目的は、人間の本質を洞察し、欲望に満ち溢れた人間を、いかに高い次元へと導くか、ということだと思います。経営も欲望に満ち溢れた人間を、いかに機能的に会社の目的に組織的に導くか、ということなのだから、仏教がヒントになるかも、と思うのです。もともと曼陀羅は仏教の概念をシステム化したものなのですから、これはこのまま経営システムとして応用することは可能です。

前回のブログで、仏教の目的が法報応の3段階で進むことにちなんで、「則天」の目的を1、改善提案 2、目標と予算の管理 3、個人の生産性という三段階に分けることに気づいた、と述べました。さらに醍醐味の5味にちなんで5つのステップに分けます。(もともと分けているのですが)情報共有モデル→ナレッジモデル→プロジェクトモデル→スタンダードモデル→フルモデルへのステップです。

「真言内証義」は過去の原因を把握しろ、と言います。人はそれぞれで、みな過去になにか背負ってきたように一人一人強烈にキャラクターがあります。天、人間、修羅、餓鬼、畜生、地獄という六道というのがあり、その人がどこから来たのか、と考えたくなる時があります。まあ大抵「人間」からなのですが。時として「修羅」や「餓鬼」からきたのでは、と思う人もたまにいます。

また四苦八苦というのがあり、「生、老、病、死」という基本のほかに「愛別離苦、怨憎得苦、所求不得苦、五取おん苦」というのがあります。愛する人と別れる苦しみ、いやな人に会う苦しみ、欲しいものが手に入らない苦しみ、自我に執着する苦しみがあるそうです。そしてこの苦しみの原因が無明という欲望から来ていると。その種類は3つあり、貪(感覚的欲望)・瞋(生存に執着する欲望)・癡(生存を断ちたい欲望)の3つの欲望から来ているといいます。

そしてこの苦しみを解決する手段が八正道と呼ばれる正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定から成るそうです。

思うに会社の問題点は、そこに構成する人々のこういった欲望から起因します。しかも人それぞれの欲望や苦しみがあり、それが、本来目的にそって機能するはずの組織が機能しなくなるのです。

日本の伝統的な経営システムである年功序列・終身雇用という制度は、一生涯の雇用を保証し、若い時は安月給でも歳をとるに従い地位と給料があがる仕組みです。独身の時は、沢山働き、会社に利益をもたらし、歳を取ると、住宅ローンをはじめ、子どもの学費や親の介護などどんどんお金がかかります。そういうときに、とても優れた制度なのです。出世する確率も高く、会社に対し、強いモチベーションも持てます。そのために様々な個人的な欲望を抑え、会社に対する誇りと所属意識は芽生え、玉石混合ですが、上司から様々な教育を受け、会社は組織を維持することができました。

しかし今日、バブル崩壊以降、大企業を中心にリストラが大幅に敢行され、労働流動性が加速し、非正規雇用者が増加し、その結果、年功序列・終身雇用というシステムが制御していた個人の欲望をコントロールするシステムが崩壊し、企業は組織のモチベーションやモラルを維持するのが難しくなってきたのだと思います。とくに、「教育するシステム」という観点からは深刻だと思います。なぜなら年配の人が若い人を教育したら、いつ自分の立場が危うくなるか分からないからです。したがって中間管理職も、従来の役割や機能は低下し、むしろ上司にも部下にも、自分に有利になるよう働きかけ、むしろ悪い面が増えてきたようです。今日では、中間管理職を減らす組織が増加しています。夜の飲み会は、以前はある程度上司や先輩とのコミュニケーションや教育の場であったのが、今日、中間管理職のリーダーシップの欠如を埋め合わせや、組織のためより個人の利益誘導に利用されることが多くなったのだと思います。

企業モラルの低下も目先の利益に走るのもこのシステムの崩壊は要因の一つにあると思います。また国内消費市場の冷え込みが回復しないのもこのシステムの崩壊が要因のひとつになっていると思います。先日、埼玉NBCの会合で、北畑前通産事務次官の講演を拝聴してびっくりしたのですが、かつての日本の高度成長は輸出が要因ではなく、国内消費の上昇が最大の要因だ、ということをおっしゃっていました。どんなに株価があがっても、大企業が儲けても、国内消費の活発化なくして本当の景気回復はないのです。そして国内消費の活発化は未来への安心と夢がなくては実現できません。年功序列・終身雇用の崩壊が日本国民に与えたものは、未来への希望を失い、個人主義に走ること、モラルをなくすこと、そしてやる気をなくすことです。その結果個人消費は収縮し、マクロ的にみれば、労働生産性を低下させ、教育レベルを低下させているのです。

だからいち早く年功序列・終身雇用にかわるシステムを普及させなければならないのです。そのシステムこそ「則天」なのです。個人の仕事の結果を記録し、組織の貢献度を記録し、個人の知恵をシステム的に結集し、最終的には金、人、技術、情報、学習という点でシステマティックに、より正当な評価をすることができるのです。こういうシステムを企業が一般的に利用することになり、正当な評価が約束されれば、社員は自己投資や研鑽に目覚め、会社の生産性はあがります。これは以前からの私の持論ですが、次世代型経済は個人市場が、従来の消費市場に加え、「自己投資」を含めた投資市場により飛躍的に拡大するものと思います。そうなったとき、企業の生産性は飛躍的に向上し、教育力はまたOECDのトップクラスに返り咲き、日本は世界のリーディングカンパニーになるでしょう。

親房は、遠い将来、そういう日本になることを願ってこの「真正内証義」を書いたのではないでしょうか。それにしてはあまりに難しすぎます。もっと簡単に書いてもらいたいです。

2008年11月30日

組織の論理 個人の都合

先日『転進 瀬島龍三の遺言』を読みました。太平洋戦争最後の生き残り参謀であった瀬島龍三氏が昨年9月に亡くなり、彼と仕事で親交のあった人が、生前彼が語っていた内容などを本にしたものです。そこでとても驚くことが書いてありました。東条英機は1944年のインパールの失敗やガダルカナルの陥落まで、ミッドウエー海戦で、日本の主力海軍が大部分壊滅したことを知らなかったことです。それを星野直樹に告げられて、東条は驚いて「そうとわかっていたなら、フィリピンにこだわったり、インパール作戦などやらなかったのに」と言ったそうです。実にミッドウエー海戦から3年経ち、戦争も終盤に差し掛かってきている時期です。

作者は瀬島にそのことを知っていたのですか、と聞くと、知っていました、と答えたそうです。そして「でも海軍にも面子があるでしょうから上には上げませんでした。」と言ったといいます。
とても信じられない話です。戦争の最高責任者の東条がミッドウエー海戦の実被害を3年も知らされていないなんてことがあるのでしょうか。このようなことで、戦争など勝てるわけありません。それ以上になんでこんな無謀な戦争を始めたのかもわかる気がします。大きな組織に属している場合、時として個人の出世が組織の存続を上回ることが起こります。

 ある意味では戦前の軍隊は終身雇用・年功序列のもっとも悪い面が出たのかもしれません。明治維新から70年から80年に差し掛かろうとしている時期です。日清、日露戦争で勝ち、国内での戦争はなく、もはや日本は盤石、まさか国が滅ぶようなことはあるまい、と危機意識も少なく、軍隊の近代化も遅れてしまった。こうなってくると組織のエリートは、大局的にものを見るより、個人の出世を優先するようになってくるのかもしれません。

 ところで日本も戦後60年を過ぎ、20年前は労働生産性も学力もトップクラスであったものが、現在先進国最下位まで落ち込んできました。この主たる原因は経営と教育のイノベーションが大幅に遅れたことにほかなりません。具体的にいえば、ITの活用が、国民レベルで低迷しているのです。ITを活用して個人がもっと高い能力を持とうと努力し、学校現場ではITを活用して教育レベルを引き上げ、ビジネスでもホワイトカラーの生産性をITを活用して高めようと考えなければならないのです。

 欧米では教育現場ではもうかなりITは導入されています。日本はこの20年間教育のイノベーションは止まったままです。経営でも米国ではSaaSを標ぼうし、どんどんITをビジネス現場に取り込んでいます。

 今、日本はまた戦前の軍隊のようにイノベーションは止まり、組織はモラルハザードを起こし、ビジネスはBRICSの成長頼みで、国内は低迷しています。何はともあれ経営と教育のイノベーションが大切なはずです。まずは企業の評価法を年に2回の中間管理職のいい加減な評価にまかせないで、システマティックにするべきです。そしてチームや組織での活動手法を研究すべきです。
 
 実は総務省も文科省も通産省もITによる経営や教育のイノベーションの重要性を言い続けてはいるのです。当社の「則天」も当初、総務省所管の情報通信研究機構の補助金をいただいて開発しました。

 たぶん、企業や国民レベルで普及しないのです。なぜ普及しないか、というと関心がないのです。

 なぜ道具を工夫し、イノベーションの得意な日本人が、時としてイノベーションを忘れてしまうことがあるのだろうか。

 それは日本人が徹底的なリアリストだからかもしれません。バブルでは、膨大なお金を稼ぎ、次にITバブル、マンションラッシュ、BRICSの台頭、不動産バブルと目先で儲かる事に飛びついていたから、実ビジネスのイノベーションが遅れてしまったのでしょう。

また国民レベルでは、あまり勉強や仕事でイノベーションを図っても、未来に希望が持てるようには感じていないのです。むしろ癒しや目先の利益にしか関心がないのかもしれません。

だから、今こそイノベーションを進めるチャンスなのです。他に儲けられることが見つからないうちに。

 さもないとまた後世に「なんでそんなことをやったのだろう」というとんでもないことを日本や企業は選択するかもしれません。

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