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銀座の恋の物語と現代

先日、石原裕次郎特集で、「銀座の恋の物語」という映画をダビングしていたので、ちょっと見てみました。

主演は、石原裕次郎と浅丘ルリ子です。この二人については、石原慎太郎の「弟」や浅丘ルリ子の私の履歴書で読んでいるので、結構人物の背景は理解していました。さらに小樽にある裕次郎記念館にも行ったので、裕次郎という人となりも感じるものがありました。

裕次郎というと、西部警察や、太陽にほえるという単純娯楽路線のドラマが有名ですが、記念館に行って、実際、彼が書いた絵や、趣味のものとかを見ると、繊細な芸術家肌のように感じました。

話はずれましたが、この銀座の恋の物語ができたのは、1962年です。

映画としてみる関心は、あまりないのですが、当時の社会現象的な大ヒットしたこの映画を、当時の社会の記録とみると、とても面白いものがあります。

ぼくも5歳くらいから映画に登場した松屋デパートに母に連れられた記憶があるので、なんとなく舞台の雰囲気はわかります。当時は傷痍軍人が白い服を着て座って、四丁目交差点とかで座ってアコーディオンとか弾いてたのをなんとなく覚えています。

ただ、銀座は、あまりにも今とはかけ離れて、規模の小さい町であったことは確かです。

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米国はこの時から、ダントツの経済大国でしたが、日本は他国とほぼ同じで、1970年代に抜きんでるので、1962年はまさにこれから、っていうときです。一人当たりの所得もこの時、年間13%の伸びで、1974年の28%増をピークに、うなぎのぼりに国民所得が増加していく時代でした。

1965年に東京オリンピックがありましたから、ちょうどその三年前です。敗戦より20年が経ちました。

今年も、オリンピックの三年前ですので、比較すると面白いですね。1985年のプラザ合意を起点として、1990年経済の失速が加速し、米国に経済で敗北し、早20年、ちょうど、1962年とおなじ立ち位置にいます。

しかし、3年後にオリンピックがあろうとも、もう1970年代のような経済の急成長はありえません。

理由は急速に人口が減少するからです。
米国もヨーロッパも人口は増加するのに、日本の人口減少は日本経済にとって経済に重大な影響を及ぼします。

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銀座の恋の物語の時代は、急速に人口も経済も成長する時代です。

現代は急速に人口も経済も縮小する時代です。

当時は、浅丘ルリ子演じるヒロインの目の前で、両親が空襲で火だるまになって死んでいくトラウマを抱えている、というような傷は、現代の日本人には多くはありません。

確かに東日本大震災は、日本人全員に大きな心の傷を残しましたが、死者の数字では、先の敗戦で民間合わせて312万人なので、それはそれは大きなことだったでしょう。


私が生まれた1960年は、東京空襲や原爆からたった15年しか経っていません。
いま、敗戦から70年以上経ち、今の時点から見ると、私が生まれた1960年は、限りなく戦争時代に近くなりました。

子供のころ、原爆の物語や空襲の絵本を見ると、かぎりなく昔のできごとのように思えていたのですが。

私たちは、生活する時代の流れの中で感じる感覚と、経済力を現す数字の上で見る感覚と、立ち止まって昭和を振り返ってみる感覚とでは、実に大きくずれているのがわかります。

石原裕次郎特集は、そのずれを気づかせてくれるうえで、一見の価値はあるとおもいます。

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2017年07月25日 07:42に投稿されたエントリーのページです。

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