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リチャード3世

先日、イギリスのレスターというところで、発掘された遺骨が、リチャード3世のものであることが判明されたニュースが駆け巡りました。

実は僕は若いころからシェイクスピアが好きで、特にリチャード3世が好きで、このレスターという町に行ったことがあるのです。

それは97年の9月英仏両国に行ったですが、ちょうどダイアナ妃が事故死して2週間後ぐらいで、パリの事故現場ではまだ生々しく事故の痕跡はのこり、イギリスではバッキンガム宮殿の門にはお悔やみの花束がうずたかく積まれていました。

イギリスとフランスとは、隣接していることもありますが、ダイアナ妃の事件は、両国の因縁の強さを感じます。リチャード3世のころは、ちょうど英仏の100年戦争をヘンリー5世が終わらせ、こんどは赤薔薇のランカスター朝と白薔薇のヨーク朝の内戦が勃発し、リチャード3世を倒した、赤白合体したテューダー朝を興したヘンリー7世により終結しました。

レスター市はロンドンからレンタカーを借りて高速道路を3時間くらい?いったところでした。
リチャード3世が戦死したレスター市郊外のボズワース古戦場は500年たった今日も記念館以外はなにもない草原です。当時のままの現場はボズワースの戦いを静かに夢想することができました。

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ボズワース古戦場 まだ喫煙してたころです・・・

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リチャード3世戦死の地 学校の課外授業?


シェイクスピアは、これ以上悪いやつはいない、というくらい、リチャード3世を悪く描いています。
両兄殺し、そしていたいけな少年2人の甥を殺し、殺した敵の婚約者を妻にするなど権謀術数を駆使して王へととんとん拍子に登りつめるその小気味よさが読者を魅了するのでしょう。

しかしこれは作者のシェイクスピアがテューダー朝のエリザベス女王統治下のイングランドで活躍しており、リチャード3世はヨーク朝で敵役であるため、エリザベス女王によいしょしてリチャード3世を悪く書いた、という説が強くありました。しかしなぜかリチャード3世の人気も高く、2002年にBBCが最も偉大な英国人100人のなかで82番目に選ばれたのです。

ロンドン塔の石の壁から子供の遺骨が出てきたり、今度の発掘された遺骨の背骨が極度に湾曲していたことから、どんどんシェイクスピアのリチャード3世の像に近くなってきます。また骸骨から当時の顔立ちまで披露されました。

歴史上の人物が、その時代の政権によって評価を歪曲されることはよくあります。シェイクスピアのリチャード3世がいかなる悪でも、この戯曲がシェイクスピアの最高傑作のひとつであるから、偉大な英国人に選ばれたのかもしれません。

いずれにしても、他人が作るにしろ、自分が作るにしろ、エンディングノートの出来は大切なのですね。

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2013年02月11日 18:46に投稿されたエントリーのページです。

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