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日本を創ったのは武士道でなく、農村共同体かも

天栄村の村史を調べていくうちに、村の自治、農民の工夫、田畑以外の新規事業の工夫、古文書が豊富に残っているなど、農村の自治レベルの高さに驚きました。

考えてみれば、農家、つまり当時の百姓は土地を持ち、自力でビジネスをし、税を収め、再投資する。まさに理想的な中小企業共同体です。

彼らは季節を利用し、村という組織を利用し、村長の知恵を利用し、けっこう豊かな暮らしをしていたようです。中級武士が年収100万円のところ、下級農民でも年収300万円あった、という説もあります。

武士は、藩主のために忠誠することを第一とし、農民は生産を第一とする。目的が稼ぎになれば、当然農民のほうが年収は上がるものです。

また年貢も五公五民と言われていますが、実際は、農家はターゲットとなる米は五公五民でも税の対象にならないものを新規事業で開拓していたから、幕末ごろには、実際は1割の税金で済んだ、という説もあります。

農家はなにより自然を大事にしました。昼と夜、春夏秋冬、川と山、陰陽に木、火、土、金、水という五行を駆使し、陰陽五行が生活や仕事の中にあふれていました。

また農民は、税を払っていれば、ほとんど武士に口出しされませんが、税を払わないと、大変な罰を受けます。また五人組という制度があり、一人でも罰を受けるとあとの四人も同罪ということがあり、これはまさに五人が命がけで助け合って、知恵を出し合う社会でした。

この5人組の手法は現代でも活用されているところがあります。バングラディッシュです。ここのグラミン銀行は、貧しい農民を対象に融資をする銀行として設立しました。その手法はお金を借りる5人に連帯保証をさせて貸し出すのです。一人でもお金を返せなくなると、あとの4人に債務が発生するので、みな必至に知恵を出し合って、協力してお金を返済しようとします。返済率は98.9%で通常の銀行と遜色ありません。この銀行は2006年、ノーベル平和賞をとりました。

話をもとに戻しますが、江戸時代は8割から9割が農民で、その多く(8割くらいか)は大小はあるにしても自作農なのです。自分の責任が明確で、他人と助け合わざるをえず、実に見事なビジネスのしくみなのです。

しかも農村における教育も熱心で、まさに実学を地でいっていたのが村落共同体だったのです。

そういえば、明治維新で活躍した伊藤博文や西郷隆盛も郷士(半農半士)出身、山形有朋は中間の子、勝海舟も三代前の米山検校は貧農の生まれで、高利貸しまで出世しました。
坂本竜馬も三菱の祖となる岩崎弥太郎も郷士です。なにより近代経済に最も影響のあった渋沢栄一は大農家の生まれです。

明治維新の後、武士道が日本の資本主義を導いた、と言われていますが、本当でしょうか?
儒学は十分農村でも普及しておりました。文盲率も農村ですでに5割を切っていました。
ベンチャースピリットは農村に存在していたのではないでしょうか。

藩も解体され、一割しかいない、しかも商売をどちらかというと侮蔑していた武士たちが、近代日本を作っていった、というのは表面的かもしれません。近代日本を創った西郷も伊藤も山形も渋沢も岩崎も純粋な武士階級出身ではありません。

西郷隆盛が純粋な武士たちを率いて西南戦争を起こし、農民を中心に組織した政府軍に敗れたの象徴的な話です。


農民のベンチャースピリットのレベルの高さは二宮尊徳のことばで明言されます。
二宮尊徳いわく、
私の教えは書籍を尊ばず、天地を経文としている。
 私の歌に
   音もなく香もなく常に天地は 書かざる経をくりかえしつつ
これは、学問の真髄なのではないでしょうか。

世の中、花の咲き散る、人の栄枯盛衰、生き死になど万物循環する。
このような自然の理を逆らわなければ、自然と豊になる
。」と言っています。

しかし現代社会では、自然の理に反することで平然と富を得ていることも多く、なかなか尊徳のようにはいきません。それは明治に入り、資本主義が発達し、多くの人や企業が、大企業や大組織の部品として存在することにより、そして目先の利益を追求することにより、自然の理からかい離するようになったのです。

そういう意味では、江戸時代における藩と農民の関係は、大企業と地方の中小企業の関係に近いのかもしれません。違いは藩は政治をおこない、農民を保護する義務がありますが、大企業は利益追求を目的とし、中小企業を保護する義務はありません。

武士の役割は、闘って土地を奪うことにあり、農民は人と助け合って土地から穀物や果実を生むことが役割です。今の大企業は市場、金融市場のシェア争いを目的とし、中小企業は下請け的な仕事を中国に奪われながらも、なかなか地域におけるビジネスの助け合いができていません。

しかし、より多くの人が部品化する、大企業中心の社会は限界にきてしまいました。やはり自然の理が働き、反作用にぶれていくでしょう。それで最近資本論ブームなのですが、私が思うに、資本主義の反対は社会主義ではありません。東西冷戦は資本家と労働者のイデオロギーの対立、つまり利益の対立であり、構造の対立ではありません。資本主義の反対は、農本主義だと思います。人が、社会や組織の部品の一部か、自然の一部かの対立です。資本主義下で農本主義を取り戻すもの、この手段のひとつに当社のつくった人材育成グループウエア「則天」があります。

農本主義といっても農業に回帰するのではありません。自分を畑とし、それを耕し、自分の体調、運気、季節、年齢、景気など様々な自然要因を考え、右肩上がりのビジネスを考えるのではなく、人や社会の循環や波にいかにうまく合わせるか。つまり調子の良い時は頑張り、調子の悪い時はスキルを磨く。農本主義というより、人本主義というのかもしれません。そういうビジネスへ、世の中は回帰しはじめたのではないでしょうか。
Capitalism (資本主義)から Agriculturism(農本主義) →からagriをとり culturism。
私はこれを、あえて人本主義といいたいです。

「則天」は人の生産性を算出します。組織にいながら個人が自営的なビジネスな可能となり、自分の能力を磨きながら、生産性を上げて、暮らしをよくすることができます。まさに人本主義を実現させるツールなのです。

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2008年05月20日 20:34に投稿されたエントリーのページです。

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