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ショーケンⅡ

先日、「蒼き狼 地果て海尽きるまで」というチンギス・ハーンの映画をDVDで見ました。チンギス・ハーンは普通のイケメン俳優では難しいでしょう。関係者からの又聞きですが、最初渡辺謙にしようとしたのが、「ラスト サムライ」の成功で彼のギャラが膨大に膨れ上がり、変更せざるを得なかったそうです。

過去に見た映画で、英雄や歴史上の人物を見事に演じたと思うのは、西洋では「アラビアのロレンス」のローレンス・オリビエ、「アマデウス」のトム・ハルス、サリエリ役のF・マーリー・エイブラハムもすごかった。「リチャード3世」のアル・パチーノ、「クイーン」のヘレン・ミレンです。

日本ではまずなんと言ってもNHK大河ドラマの「太平記」で足利尊氏を演じた真田広之。当時はだいこんと評価はさんざんでしたが、私は足利尊氏というのはこういう人なのだ、と今ではとても強く感じます。尊氏の無私で純粋で優柔不断なやさしさが、武士を引き付け、はからずも、もっとも敬愛する後醍醐帝に謀反してしまい、心ならずも建武の新政をひっくり返し、弟や実の息子に離反されてしまった。その並外れた尊氏の魅力を真田広之は見事に表現していました。今では「太平記」はNHK大河ドラマの最高傑作とも言われています。(ウィキペディアで)

その次にショーケンの武田勝頼と徳川綱吉、仲代達也の平清盛も印象的でした。「春の坂道」で柳生宗巨を演じた萬屋錦之助、「花の乱」で日野富子を演じた三田佳子、ヨーロッパの合作映画「太陽」で昭和天皇を演じたイッセー尾形も天皇の孤高をよく表現していると思います。

役者が歴史上の英雄を演じることは難しいと思います。そのカリスマ性を表現することももちろんできないし、なにより性格がまったく異なる場合、大きなミスマッチをおこします。唐突ですが、私は今、チンギス・ハーンを演じられるのは、朝青龍しかいないのではないかと思います。同じモンゴル人というのもあります。ハーンは少なくとも朝青龍以上の気性の激しさはあったと思います。それをどんな器用でも普通の人間では演じきれないでしょう。

私は好きな俳優やアスリートは、真田広之、山崎勉とイチローです。満ち溢れる才能を、強い意志で統率し、孤高に自分の世界を構築していく。そのストイックな姿に、自分の道を厳しく突き進む求道者の風格があります。

その対極にいるのがショーケンや朝青龍でしょう。常にあらゆる感情やアイデアがあふれ出ていて、それを自分の理性でコントロールすることができない。

小林秀雄は「林房雄論」で、林房雄のことを、もてあました才能の軍団を引き連れながら、いつも逆らわれたり、小馬鹿にされている大将のようだ、と表現しています。おそらくショーケンや朝青龍も同じなのでしょう。

私のタイプといえば、たぶんショーケンや朝青龍タイプなのでしょう。もちろん彼らのようなルックスや肉体は持ち合わせていなく、林房雄のような大評論家になるような頭脳を持っているわけではありません。なによりも彼らのような社会的ステイタスがありません。

しかし私は自分で言うのもおこがましいのですが、質はともかくアイデアや発想はいつも湯水のようにあふれます。だからいろんな人から尋ねられると、どんどん自分のアイデアを公表します。人にとられる、とか心配しません。どうせ空気のように出てくるのだから。人に喜ばれ、物事が解決するならば、ただで結構です。それよりもアイデアを出すことで、人とブレーンストーミングでき、さらに次のステップのことが考えられることのほうが楽しいのです。

けれども、私も年には勝てず、おそらく頭の回転、アイデアの創出は15歳のころの2分の1になってしまっていました。15歳のころは、本当に想念を自分でコントロールすることができず、またあまりにその想念が拡大しすぎて、人に伝えたり、言葉として表現することができませんでした。

だから私はみんなから、何を言っているのかさっぱりわからない、とよく言われていました。勉強でも机に向かって国語のテスト、たとえば大好きな小林秀雄の文章や川端康成の文章なぞ出てくるものなら、すぐ想念で頭がいっぱいになり、勉強がまったくはかどりませんでした。数学の幾何の問題を解いていると、本当に芸術に接しているかのような感情で頭がいっぱいになりました。こんなことだから2浪もしてしまうのです。

徒然草で「つれづれなるまゝに、日ぐらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」とあります。私の場合、中学生のころから、つれづれなるままに、一日中、机に向かって、心に浮かぶことを考えたり、本を読んだりしているとだんだん怪しくものぐるおしくなっていくのでした。そんな生活が大学に入る20歳まで続きました。

大学生や社会人になると、酒を飲みながら友達と議論することが多くなり、しばらくすると「あやしうこそものぐるほしけれ」状態になり、酒場であばれてまわりの人に迷惑をずいぶんかけました。

私は28歳でコンサルタントになったのですが、なりたての頃、上司の三石玲子さんに書いたレポートのことでよく怒られていました。「あなたねえ、思いついたことをレポートにするだけでは小学生と一緒でしょう。プロは削って削って、本当にシンプルな本質に行き当たるまで削ることなのよ」と何度も言われていました。

年をとるごとに、ようやく頭の回転も遅くなり、想念の量も少なくなることで、自分の感情を少しはコントロールできるようになり、他の人に理解していただこう、という欲も出て、このようにブログで皆さんに、私の考えや体験を、多少なりとも読んでいただけるようになったのです。

しかし私は、いまだに「心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば」、まだ三石さんの言う、プロの境地に到達できていません。だから、私の場合、コンサル的なご相談はタダで結構です。そのかわり当社のソフトを買ってください。お孫さんやお子さんへの学習ソフトでもかまいません。

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2008年04月27日 11:19に投稿されたエントリーのページです。

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