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桜と能

「殺生石」つながりで、もう1節。能には桜をテーマにした題材が数多くあります。テレビでもよくあるように、酒宴に能が数多く催され、やはり酒宴といえばお花見だからでしょう。それは昔の武士も公家も庶民も現代とおなじでしょう。桜の花の下で

たとえばもっとも有名なのが西行桜。これは世阿弥の作品で、京都のはずれに西行の庵があり、その境内の桜がとても赴きのよいものだから、桜が咲くと、多くの人が見物に訪れるようになりました。

ある年、せっかくの桜を静かに見たいので、西行は桜見物を禁止してしまいました。そしてその夜、静かな庭で、「花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにはありける」
(花を見る人が多くくるのは、やたらに桜が美しいことの罪なのだ)
といいながら、桜の木の下で横になりながらお花見をしていました。すると一人の老人が現れ、
「埋もれ木の人知れず身と沈めども 心の花はのこりけるぞや」と口ずさむ。そして西行にむかって自分はこの桜の精で、「あたら桜の科にはありける」とはどういうことだ、という。

そして翁は、「春の花は上求本来の梢にあらはれ 秋の月 下化冥闇の水に宿る」と歌いながら舞う。(春の桜はやさしい菩薩の姿を仰ぐものとして眺め 秋の月は愚鈍な下界を菩薩が照らす理知の光である)

気がつくと西行は桜の木の下で眠ってしまい、夜もすっかりあけてしまいました。というお話です。
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(西行の庵 勝持寺)

お花見は菩薩様のやさしい御姿を拝むためにあったのですね。知らなかった。

能に限らず、文語調のものはたいてい5・7調になっていてリズム感があります。特に顕著なのは、絵本です。最近絵本の復刻版を買ったのですが、文語調でもリズム感があるのでとても読みやすいのです。文のリズムはその文章の深みをつける上でも大切なものです。

話は飛びますが、早くも桜が散り始めました。私のすきな桜をうたった句をもう少しご紹介します。

桜花散らばちらなむ散らずとてふるさと人の来ても見なくに 惟喬親王
(桜の花よ 散りたければどんどん散ればよい。どうせ里人は来ても見てくれないでしょう。)

惟喬親王(これたかのみこ)は844年に文徳天皇の皇子として生まれました。幼いころから聡明で文徳天皇からも立太子に望まれたのですが、時の権力者、藤原良房により阻止されました。28歳のころ、出家し、今の京都の愛宕に隠せいし、54歳でなくなりました。法華経の経典から轆轤(ろくろ)を考案し、椀やこけしなど地場産業を起こしたそうです。

自分の境遇をはかなむと同時に、世間の醜さを少し恨めしく感じている皇子の気持ちがよく現れている歌です。

花は散り その色となくながめれば むなしき空に春雨ぞ降る。 式子内親皇
式子内親王は後白河法皇の第3皇女です。この人の代表的な歌、
山深み 春とも知らぬ松の戸に たえだえかかる雪の玉水 も素敵です。
式子内親王は藤原定家とひそかに恋のちぎりをしていたといわれています。その物語が能「定家」に描かれています。

ある僧が定家ゆかりの時雨亭に雨宿りで立ち寄ったとき、謎めいた女性が現れて、僧を蔦葛のびっしり生えている墓に誘います。その古い墓は式子内親王のものであり、自分はその化身だという。そして式子内親王が死んだあと、定家は嘆き、その心が蔦葛となって式子内親王の墓を埋め尽くしたのだという。そして今でも二人が成仏できずに苦しんでいるので供養をしてくれ、といって消えました。僧が夜、墓を訪ねると、式子内親王が生前の姿で現れ、僧が法華経の薬草喩品を唱えると、蔦葛がほどけ、内親王は苦悩から解き放たれました。そして僧にその礼として舞いを舞って消えました。

式子内親王は、源平の動乱期を生き、後白河法皇という史上まれにみる怪物的法皇を父親に持ち、本当に純粋な心の持ち主だったのではないでしょうか。

その父親の怪物後白河法皇は、平家滅亡の後、大原に、息子の嫁であった建礼門院を訪ねて
池水の汀の桜散り敷きて 波の花こそ盛りなりけれ と口説きました。
(池の水面に散った桜の花びらこそもっとも美しいのとおなじように、若さを通り越した女性であるあなたこそもっとも美しいのです。)

女性はともかく、私も水の面を流れる桜の花びらに、もっとも感動したのを覚えています。5年前だったか、桜が散る時期だったので、桜吹雪の中、銀閣寺から南禅寺の裏手に抜ける哲学の道を歩いていました。脇を流れる琵琶湖疏水の水の面を桜の花びらが水面を埋め尽くすように流れていました。その間、30分くらいだったでしょうか。気の遠くなるような幻想的な時間でした。
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(桜の季節の哲学の道)

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2008年04月03日 12:33に投稿されたエントリーのページです。

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