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暁の寺 前編

僕は中学生の時から、50の半ば過ぎのこの年になるまで、愛読書は小林秀雄と三島由紀夫です。

この二人の圧倒する才能にいくつになっても圧倒されます。

小林秀雄は、様々色々な全集を出していますが、何種類もある全集を、いくつも持っています。つまり、装丁が違う同じ内容の本をいくつも持っているのです。

小林秀雄の死は、小林が住んでいた鎌倉で偶然、聞きました。

初めて大学のゼミ合宿が鎌倉で行ったその日でした。そのちょっとした偶然が嬉しかったです。

三島由紀夫は、全集全巻は揃えていません。多くの小説、評論は読みましたが、繰り返し読むのは、近代能楽集と豊穣の海だけです。豊穣の海は、三島が自決する前の最後の作品群です。

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三島が自決した1970年11月25日は、僕は小学四年生でした。

三島がその自決のモデルとした226事件も、三島が小学四年生の時でした。そのちょっとした偶然も嬉しかったです。

三島由紀夫の最後の作品群である豊穣の海は、春の雪、奔馬、暁の寺、天人五衰の4部構成です。

物語の主人公の本田繁邦は昭和7年で、38歳。つまり明治28年生まれです。小林秀雄の10歳上の設定です。春の雪は本田と、春の雪の主人公である松枝清顕は18歳から、その物語は始まります。

本田と清顕は親友で、本田は実直な秀才であり、清顕は物憂げな美少年の華族の一人息子です。
清顕は、幼なじみの綾倉聡子が、清顕に思いを寄せていることを知りながら、無言の拒否をしているうちに、聡子は宮家に見染められ婚約する。清顕は大きな障害が出て初めて聡子との思いを遂げようと、密会を重ねる。最後は聡子は出家し、清顕は聡子に会おうと幾度も寒い月照寺に毎日通うも、思いを遂げられずに、肺炎になって死んでしまう、という話です。死ぬ前に清顕は本田に滝の下できっと会うって言葉を残しました。

第2巻の奔馬は、清顕は、彼の面倒を見ていた飯沼という書生の勲という息子に転生しました。転生の証は左脇腹の三つの黒子でした。飯沼は右翼となっていました。勲は剣道の学校の学生でした。勲も20歳で早世し、今度はタイの月光姫として転生したのです。それが第3巻の暁の寺です。

月光姫も20歳で早世し、老いた本田はヒョンな事から灯台で、脇腹に三つの黒子のある少年を見つけ、彼を清顕の転生かもと思い、養子にしたのですが、その少年は最悪な性格で、本田に恒常的に暴力を振るい、あらゆる陰謀を巡らせて財産と生活の主導権を本田から奪いました。
それでも本田は、この少年が20歳で死ぬまでの辛抱だと思い我慢してると、その少年は本田の親友の慶子から、あんたは20歳で死なないから転生ではない、と言われ、少年は転生として自分の人生を終えようと毒を飲んで死のうとしましたが、死ねずに失明したまま、生きながらえてしまいました。

最後に、老尼となった聡子に会い、清顕の話をしようとしたら、聡子は清顕など知らない、と言い出しました。本田はもし清顕がいなければ、勲おらず、月光姫もいないことになり、何より自分の存在まで否定することになるのでは、と聡子に慌てて問いかける。

それも心心(こころごころ)ですさかい、と聡子は少し目を強く本田を見ながらと言ってこの物語は終わります。

三島由紀夫はこの物語を書き終えて、そのまま市ヶ谷駐屯地に突入して自害しました。


僕は今まで春の雪は好きでしたが、特にこの暁の寺は、あまり関心がありませんでした。
しかし、タイに行って暁の寺を見て、久しぶりに暁の寺を読みました。
暁の寺は、一部と二部に分かれており一部は本田繁邦48歳、二部は58歳の設定です。

15歳で初めてこの本を読み、二十代、三十代、四十代と繰り返し読み続け、五十代に差し掛かって改めて読むと、初めて本田の年輪を生々しく実感しました。

勿論、輪廻転生や密教も15歳の時より学ぼうとはしたのですが、浅学菲才のため、最近まで、ほとんど理解できていなかったようです。最近短かに専門に勉強している人が現れ、多少は理解が進んだようにも感じますが。

日本を代表する作家であり、おそらく 今世紀最大の作家である三島由紀夫のテーマが輪廻転生であり、彼が命を賭して守ろうとしたのは、有史以来面々と純粋に転生しながら守られ続けた日本人の魂が汚されるのを防ぐ手段が市ヶ谷駐屯地突入だったのだろうか?

このテーマは今日の本題から外れますので、次に回しますが、小林秀雄の最後のテーマが本居宣長であるのにたいし、三島が輪廻転生が最後のテーマであることは、私もそれが生涯のテーマであったのだな、って今更ながら気付きました。

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2016年08月07日 16:02に投稿されたエントリーのページです。

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