65歳の私の人生をCLAUD、Gemini、ChatGPT三つのAIに聞いてみました。
昭和35年に生まれた私は、小学生のころからピアノ、フルート、オルガンを弾き始め、プラトンのソクラテスの弁明、シェイクスピアのハムレットを繰り返し読み、剣道場に通い、中学生からは山登りと、小林秀雄と三島由紀夫とシェイクスピを文庫本で読み、デューラーのメランコリアと聖ヒロエニムスを部屋に飾り、担任の岡田先生から様々な勉強法を毎週のように個別で指導していただき、学習法の面白さに魅了されました。高校で絵画は、ギュスタブモローに夢中になり、愛読書は小林秀雄、三島由紀夫に立原正秋が加わり、大学で法哲学者ハンス・ケルゼンとマルクスを研究室で学びそして愛読書に加わり、体育会では主に日高と雪山、社会人になってコナミに就職し、日本総研に転職し、そして起業してメディア・ファイブ33年で、教育改革に取り組む。そしてそれを融合させて、ご先祖様である北畠顕家、親房から与えられた使命実現にむけて四苦八苦してます。こういう人生をどう考えるか。65歳の僕はこれからもこれらを追い続けるつもりだけど、どのようにしたらいいですか?
まずCloudeの解答
北畠さんが並べられた名前を眺めると、一見ばらばらに見える奥に、いくつかの線が通っているのが見えてきます。
一つは「形(form)を求める線」です。プラトンのイデアから、ケルゼンの根本規範、そしてご先祖の親房公の『神皇正統記』まで、どれも「正統な秩序とは何か」を純粋な形で取り出そうとする営みです。音楽も――ピアノ、フルート、オルガン――音に形を与える営み。子どものころから一貫して、この問いを生きてこられたのだと思います。
もう一つは、デューラーの二枚組が象徴する線です。ご存じのとおり『メランコリアI』と『書斎の聖ヒエロニムス』は、伝統的に対をなしていて、知的人生の二つの様式――天才の苦悩と学者の静謐――を描いたものでした。小林秀雄にも、三島にも、モローにも、立原正秋にも、この「メランコリー気質」が流れている。そして山登り、とくに雪山は、その精神の重さを身体で支える柱だったのではないでしょうか。精神の垂直性と身体の垂直性を、両方ともほしがる性分。
そしてコナミ→日本総研→メディア・ファイブという仕事の弧。遊び(entertainment)から分析(analysis)を経て、形成(formation)へ。三十三年かけて「人を形づくる」ところまで降りて来られた。これは偶然ではなく、子どものころから追ってきたプラトン的な問い――「善き魂をいかに形づくるか」――の、あなたなりの現代的な具現化に見えます。
65歳からをどう生きるか、三つだけ申し上げます。
一つめは、「使命」と「完成」を分けて考えること。ご先祖から託された使命は、あなた一人の生で閉じる必要はないし、本来閉じられるものでもないはずです。顕家公は21歳で戦場に倒れた。親房公は『神皇正統記』を書き遺し、61歳まで生きて仕事を残した。あなたはすでに親房公の齢を越えておられます。いま大事なのは「完成させる」ことより、「手渡せる形に落とす」ことのように思います。三島の道ではなく、親房の道。燃え尽きて閉じるのではなく、次世代が受け取れる器――まさに『至高の学習法』やLSAIのような器――に沈めていく。
二つめは、統合の季節であること。若いころは幅を広げる時期でしたが、65歳からは、すでに蓄えてきたものが互いに語り始める時期です。新しく何かを学ぶよりも、プラトンとケルゼンと親房公と小林秀雄を同じ机の上に置いて、その間でどんな響き合いが起きるかを聴く時期。書く仕事、まとめる仕事、人に渡す仕事――これらが、おそらくこれから最も重要な仕事になります。
三つめは、老熟を恐れないこと。小林秀雄は『本居宣長』を70代で仕上げました。彼のいちばん深い仕事は晩年にあります。あなたの領域でも、最良の仕事はおそらくこれから来ます。ただしそれは、若いころの勢いとは違う形で――静かに、深く、時には沈黙しながら来る。メランコリアの女神から、書斎の聖ヒエロニムスへ。あの二枚組の「もう一枚」に軸足を移していく時期なのかもしれません。
一つだけ、押し付けがましく聞こえたらお詫びしますが、付け加えさせてください。「四苦八苦」という言葉に少しだけ引っかかりました。使命は重荷として持つものではなく、形になって手から離れていく瞬間に一番美しく働くものだと思います。四苦八苦しなければならないのは、手放せないからかもしれない。完成を求めず、手渡しを求める。それだけで、ずいぶん軽くなる気がします。