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2017年04月 アーカイブ

2017年04月07日

いまなぜ応仁の乱ブーム

中公新書の「応仁の乱」が30万部のベストセラーになっているそうです。

早々に読みました。確かに、僕は応仁の乱をテーマにした、足利義政と日野富子を主人公とした大河ドラマ「花の乱」の大ファンで、最近でも繰り返し、休みの日や帰宅後にビデオで見ています。

「花の乱」は平清盛まで、大河史上最低の視聴率を誇っていました。

それは応仁の乱というスターがほとんどいない、地味な物語がテーマだからだと思われてきました。

しかし、僕は、その前年に放映された「太平記」と並んで大河史上最高傑作のひとつだと思います。

日野富子役の三田佳子、足利義政訳の市川團十郎、山名宗全役の萬屋錦之助、細川勝元役の野村萬斎いずれも役者として、本当に名人だなあっと関心しました。

なぜこれほどまでにこんな優れたドラマが評価されなかったのか、あまりに芸術性が高かったから、大衆受けしなかったのでしょう。最近の大河は馬鹿の一つ覚えのように幕末と戦国を繰り返し放映しています。信長や秀吉、西郷隆盛や坂本竜馬など大衆受けするヒーローしかドラマ化しない。

大河ドラマの質は本当に大衆化、軽薄化しています。これは日本の文化そのものを象徴しているのだと思います。

文化は国の豊かさに比例するのでしょう。日本は経済成長が止まり、中間層がいなくなり、小売店は、ユニクロと百円ショップなど、画一的な安かろう、でもよかろうという商品だけがバカ売れする時代です。

それが、学術論文のような「応仁の乱」がかくも売れる、という現象が面白い。

はっきり言って信長や秀吉、西郷や坂本竜馬に大衆が食傷気味になっている、というのは実態でしょう。

「応仁の乱」の時代を語るには、鎌倉時代に遡らなければなりません。
1192年、源頼朝により、鎌倉幕府が設立され、天皇を中心とする平安貴族と、鎌倉を中心に武士との二重権力構造ができました。

承久の乱以降、武士の力は強まったのですが、1274年、1281年の元の襲来以降、外敵の脅威が大きくなると、中央集権への必要性から、1333年、後醍醐帝による建武の新政となりました。

しかし、武力で鎌倉時代に力を持った武士たちは、貴族に土地を取り上げられることに不満をもち、足利尊氏を中心とする、武家勢力と後醍醐帝を中心とする宮方の対立となり、南北朝時代となったのです。

足利尊氏は、人情が厚く、土地とか恩賞をすぐに部下たちに分け与える性格でした。宮方は北畠親房の神皇正統記に象徴されるように、道徳と教育によって国を治めるという正義と理論で南朝の宮方を正当化しました。

勿論、人は徳や正義より、利になびくのは、昔も今も同じです。

次第に北朝が有利となり、足利尊氏は征夷大将軍となり、北朝天皇を樹立し、室町時代がはじまりました。

しかし、こういう過程でできた政権なので、富と権力は、全国の武士に分散され、尊氏ですら、弟の直義や息子の直冬の対立など、常に、戦乱は続きました。三代将軍の義満の時代に南北朝の統一を果たしたものの、義満の死後は、また政情不安定となり、六代将軍、義教は、赤松に暗殺され、七代将軍義勝は早世し、八代将軍義政は政情不安のなかで、将軍になり、室町幕府は中央集権化する力を持ちえませんでした。

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(足利義満の建てた鹿苑寺金閣)
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(足利義政が建てた慈照寺銀閣)

そして、義政は世継ぎを巡って、富子と対立し、応仁の乱が始まるのです。
形の上では将軍世継ぎ問題ですが、それにかこつけて、各領主が、各々の家の相続を巡って争いだし、全国の領主が戦争を始めていきました。
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(日野富子が男子出産の祈願をした男山八幡宮)

この10年続く応仁の乱を転機に、室町幕府は形骸化し、中央集権の機能を失い、戦国時代へと突入していくのです。

今の日本はそこまで、政府の力は弱くはないのですが、信長や秀吉の戦国時代や西郷や坂本竜馬の幕末明治に比べて、希望が持てなくなっているのでしょう。

ヒーロー不在の先の見えない、下り坂の国家が、今と共感できるのかもしれません。

でもこの時代から北条早雲は生まれ、毛利元就、斉藤道三、織田信長、豊臣秀吉とヒーローが少しづつ誕生していきます。

おなじように、現代の日本でも、ソフトバンクの孫さんやユニクロの柳井さん、楽天の三木谷さんなど、一代で巨万の富を稼いだヒーローは登場しています。

でも大きな視点からは、少子高齢化で、国の縮小が止まらない時代とみれば、応仁の乱と似た状況かもしれません。

自分の時代をどうとらえ、どう行動するかは、人それぞれの力量にかかっているのでしょう。


2017年04月12日

井伊直虎と龍譚寺と井伊谷宮

今、大河ドラマで、「女城主井伊直虎」というのを放映しています。

相変わらずマンネリの戦国時代で、見る気もしなかったのですが、戦国時代に女城主なんていたんだ、って思ってちょっと見たら、結構面白かったので見ています。

なぜ面白いかっていうと、小林薫演じる南渓和尚の住職龍譚寺は行ったことがあるからです。そしてこの龍譚寺のとなりに、井伊谷宮という神社があります。この神社は明治に建てられたのですが、明治天皇の号令のもと、建武の新政で活躍した忠臣のちなむ場所に神社を立てて、官幣大社として国がらみで祀りました。
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(龍譚寺)
井伊谷宮は、宗良親王という後醍醐天皇の第4皇子を祀っているのです。
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(宗良親王陵)
宗良親王は短歌の達人にして、自ら武具をとって南朝のために、東日本を転戦しました。
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(井伊谷宮)
1338年、陸奥大将軍北畠顕家が戦死すると、南朝は東北奪還のため、大軍船で、常陸を目指します。しかし、途中、台風に遭遇し、北畠親房は霞ヶ浦へと、宗良親王は静岡に流され井伊道政にかくまわれ、北畠顕信は後村上天皇とともに伊勢へ戻されました。

宗良親王は井伊道政の娘をめとり、井伊を中心に信濃に勢力を伸ばし、北朝と対峙していました。

宗良親王は井伊家の菩提、龍譚寺野となりに、その墓だけを分離して井伊谷宮を、代々祀ってきたそうです。その神社が明治になって別格官幣社になったそうです。

井伊家は、南朝に最後まで忠義をつくし、井伊谷城は落城し、南北統一後は、北朝の今川家に組み込まれ、今川家に冷遇され、当主を殺されたり、戦死させたれたり、さんざんな挙句に、女当主として直虎がなり、それはあらゆるどん底の中から、徳川家康の配下に移り、井伊直政の代で徳川四天王といわれ、大出世し、徳川の譜代大名として、幕末に井伊直弼が大老として開国をしました。

井伊直政は、父を今川殺され、幼いころから、自分も今川に殺されそうになり、つぶれかかった領地を命からがら、徳川家康の傘下にはいることで、生き延び、家康が天下をとると、30万石の、譜代家臣最大の大名になりました。

1330年代に、南朝方についたばっかりに、1600年の関ケ原まで苦労の連続だったのです。
実に270年の苦労は、江戸時代に花開き、さらにその240年後、井伊直弼は開国を押し切り、暗殺され、藩も縮小の憂き目をみ、さらに江戸幕府もその7年後滅びました。

井伊直虎の物語は実に、そのどん底に近い物語なのかもしれません。一族のどん底の物語を大河にするのも珍しいかもしれません。

そうやって「女城主直虎」を見るのは面白いですね!

2017年04月16日

思考支援ツール

先日、母校の中学校で当社の思考支援ツールを利用を活用した技術科の授業を行いました。

母校に行くのは、実に41年ぶりです。

耐震補強や内装や外装はリニューアルしたものの、作り、構造、は昔のままでした。

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雪の降った日、中庭の氷の張った池で、氷の下で泳いでいる鯉めがけて、みんなで雪をぶつけていて、先生が現れたのを僕一人知らず、取り残されて怒られたのですが、逃げたみんなを呼び出し、逆に一人池に残ってた僕が、正直者だと褒められたのが、とても恥ずかしかったのを覚えています。

私は、最初、なんの操作の説明もなく、予備練習もなく、生徒がすぐに使えるのか、不安でした。授業が始まり、iPADminiが配られ、先生が「今日は、1年生のときに作った椅子をどのような考えから作ったかを思い出して、その考えを図にしてみよう!」との号令の元、生徒がしんとして、タブレットに夢中になって操作を始めて、夢中になって自分の考えを思考支援ツールに打ち込んでいるのが、そのしん、となった教室の空気から感じました。

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そして各生徒のタブレットをのぞくと、(手元の自分のタブレットで、生徒全員の動作が見れます。)この授業のすごさが、だんだん見えてきたのです。

ご指導いただいている埼玉大学の山本先生がいつもおっしゃっている「児童生徒の思考の見える化」です。

いままでは、小中学校では、もちろん、優秀な先生は、児童生徒の思考力をつけさせるように、授業を進めてきました。

授業でまず問いかけを行い、生徒に疑問点を感じさせ、一人ひとり考えさせるのです。
どんなに考えさせても、児童生徒の評価は、中間、期末テストで、点数としてしか、評価されません。というよりできません。

ここが欧米先進国の、マンツーマン的な考える授業とは大きく異なるところです。欧米では基本ディベート中心で授業が進みます。しかし、日本は先生が授業の進行をコントロールします。


私が、20数年前、コンサルティング会社(後の日本総研)に入社したとき、研修で思考法なるものを徹底的に教育されたとき、なんて高校までの教育が無駄だったのだろう、と感じました。

幸い大学は、当時、意欲のある若い教授や助教授であり、社会科学でも法律、経済、倫理、社会学と別れた研究室での交流も多く、ディベート中心の授業が主でした。

社会に役立つためには、より考える授業が大切であることを大学卒業後に感じていました。

このコンサルティング会社の新人研修こそ、子供からやっていかなければいけないこと、と感じたのです。

しかし、日本の教育制度をドラスティックに変革することは、いまの現状では不可能です。そもそも現場の先生の権限が大きく、校長には人事権もありません。

それはそれで、素晴らしい制度だとは思いますが、とにかく方向転換することは難しいシステムです。

従来の教育システムでの問題点として、この間、日本総研と東京大学との共同研究発表がありました。日本の最高学府である東大生の任意をアンケートをとり、世の中の大学生との比較をすると、東大生はルーチンワークのみ、優れていることがわかりました。
そこで、東大と日本総研でそういう学生にいかに創造性をつくる研修カリキュラムができるか、共同研究をしているそうです。

難関大学で試験に合格するだけのテスト対策勉強を子供のころから繰り返し繰り返し行った結果、我慢強く、ルーチンワークを長時間こなすことが最もすぐれている、という結果なのです。

ハーバードやマサチューセッツ大学が世界中でインターネットで無料の大学の講義を行い、世界中の天才少年少女を集め、教育し、自国の科学や産業に生かそうとしている今日、日本の最高学府でのこのアンケート結果は非常に問題です。

私は、やはり創造性は子供のころから培っていかなければ、難しいのでは、と思います。
そこで、現状のシステムを壊すことなく、先生もすぐに導入できるように、山本教授の指導のもとに、この思考支援システムを3年前から開発しました。

従来の授業の方法は下図のように、教師による一方的な教育になりがちですが、思考支援ツールを活用することで、生徒は常に全員が思考し、それを思考支援ツールで表現しながら、インタラクティブに授業をおこなうことができます。またそれを記録し続けることもできます。

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話をもとに元しますが、

まず、生徒は、椅子を製作するにあtり、誰が座るか?予算はいくらか?材質は?どこに置くか?時間は?という言葉を並べる。

勿論みんな初めての試みなので、質的にもバラバラです。

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テーマは「椅子を制作するとき意識したこと」

生徒は、初めての思考支援ツールを触ったのですが、かなり複雑なフローチャートを、45人の生徒すべてが15分という短期間で作り上げました。

先生の操作の説明も1分程度でした。

この授業を参観して感じたのでは、技術科の授業が単に椅子を作るという授業から、生徒が社会人になった後、必要となるべくマーケティングやマネジメントの授業に、一瞬に飛躍したのです。これも山本教授の言う「思考の見える化」のなせる業であることが、今回の授業で実証されました。

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将来的には、思考支援ツールは、そのまま生徒の学習履歴として、保存できますので、それを希望高校や大学には、生徒の許可をもって閲覧させ、採用の参考にすることも可能です。

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アクティブラーニング、創造性豊かな人材育成への教育改革は、こういうツールの導入だけで、大幅に進歩していくことができる、と確信した授業でした。

思考支援ツール。ご関心のある方はこちらへ
http://www.media-5.co.jp/sikou/

2017年04月22日

次に必要なのは需要革命

昨日、NHKスペシャル「欲望の資本主義」というのを見ました。

とても素晴しいドキュメンタリーでした。

まず、冒頭で、米国のノーベル経済学者スティッグリッツが象徴的なことを話しました。

今の経済の問題は、総需要が不足し、その結果世界経済が減退している。
その根本的問題は、不平等。

つまり、富の集中によって、中間層がいなくなり、一局の金持ちに金が集中すること。

金持ちは貧乏人より金を使わない、ということ。

ここからは、私(北畠)の考え

だからこそ、中間層を増大させることが、経済発展に必要です。

そしてそこには限界があります。

人の欲望は、まずは衣食住という生活根本の欲望(需要)の消費に向かいます。

それが工業化社会の経済成長につながります。

まずは、産業革命後の欧米日本の産業の発展。それにいきづまり、世界大戦へと発展していきました。

次に、第二次世界大戦後の欧米日本の産業の発展。現代的な、自動車、洗濯機、冷蔵庫、テレビなどの現代的な家電の普及にともなう産業の発展。これは、日本がリードして、でも1990年代から行き詰り始めました。

つまり1800年初頭から始まった産業革命は1900年ころからアメリカを中心に自動車が庶民が乗るようになり、欧米日本に至っては、1950年までまたなければなりません。

つまり工業化社会が庶民生活に根付くには100年から150年かかったのです。
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1995年、クリントン政権における、ゴア構想、つまり情報スーパーハイウエイ構想が実現されると、インターネットを中心とする情報革命がおこりました。

この情報革命で、最も大きいことはBRICSといわれる、つまりブラジル、中国、ロシア、インド、中国、欧米日本以外の大国の経済成長をおもいっきり助長しました。

確かにかつて日本が、そうであったと同じように、人件費のやすさ。から世界の工場と言う役割で経済発展してきました。
しかし経済発展のもっとも大きなものは、国民が生活の現代化と呼ばれる自動車、冷蔵庫や洗濯機やテレビそして住宅などの購入です。

それが、ブリックスの経済発展に大きく貢献しているのです。

しかし、全て生活の現代化を満たした欧米諸国は、需要は満たされ、しかもインターネットの発達は拡大しない需要の中で、アマゾン、グーグル、フェイスブックに代表されるように、あらゆる生活の需要を奪って行きます。

その結果、個人商店や中小企業は消え、大企業と大富豪に集中するようになったのです。

どうしてこうなるか、というと、産業革命は当然のことですが、供給サイドの革命から始まります。

とくにインターネットのビジネスは、当初は金持ちも貧乏にも平等に訪れます。
しかし、需要がついていけず、大資本家は、インターネットビジネスでの優位性を保つために、無料でユーザーに普及させることを狙います。
今日におけるネットビジネスはそこで発展してきました。グーグルサイトもフェイスブックも利用者側は基本無料です。

最もテレビやラジオもそういう側面はありましたが。そういう意味ではテレビやラジオも情報化社会の先駆けという位置づけでもいいかもしれません。

工業化社会における産業革命も、1800年から1830年ごろから始まり、まず工場などの供給サイドで起こり、それにともない、イギリスでは、機械に取って代われた失業者たちが、ラッタイト運動をおこしました。

ラッタイト運動とは、暴徒が、工場を打ち壊したりする運動でした。
今日、情報化の進行に伴い、失業者の増大をネオラッタイトと呼んでいます。クリントン政権の時の労働長官で、「ワークオブ・ザ・ネーション」で有名なロバートライシュは、早くからこの問題を指摘しました。


産業革命は1800年くらいからスタートし、供給サイドの産業革命は素早く進行したのに、大衆は、なかなかこれを受け入れられず、供給過剰から、世界恐慌がおこり、二度までの世界大戦をおこし、やっと1950年代以降に、生活の工業化社会が浸透したのです。

今、世界は供給サイドの情報革命が進み、それに伴い、需要サイドがついていけず,格差が広がり、需要不足で、経済は行き詰まっています。

まさに、世界大戦前夜の世界そのものです。


これから、世界は、戦争に突入するのか、需要革命が起きるのか、大きな岐路に立たされています。


少なくとも日本は、先の大戦で、需要拡大で戦争を選び、国家を滅ぼしました。(太平洋戦争は日本は追い込まれた、という反論はあるでしょうが、満州朝鮮中国への侵攻は、景気対策の一環という見方は明確にできます。そのおかげで、旧財閥や新興財閥は大きく昭和初期には潤ったのですから)

その経験を生かすためには,勿論、後者を選ぶべきでしょう。


2017年04月25日

次にくる需要革命すなわち生活者の革命とは?

それでは、次にくる需要革命、すなわち生活者の革命とは、どのようなものでしょうか?

われわれは、まず10年後の2027年をイメージしてみましょう。そしてさらに10年後2037年後を想定してみましょう。

まず、今進歩しつつある人工知能について考えてみましょう。

人工知能の構造は、パターンをなるべく多く記憶させ、具体的には、正解といわれる事例をたくさん記憶させ、判断すべき事象を、そのパターン群から類似、もしくは一致するものを選び出し、それを正解としてアクションをおこさせる、という仕組みです。

人工知能が発達すればするほど、より擬人的なロボットが出てくるのは明白です。

たとえば介護ロボットを作れるとします。

ある一人暮らしの寝たきり老人がいるとします。その老人が介護ロボットを雇います。

おなかすいた、と老人がいうと、ごはんを作って口に運んでくれます。トイレ、というとしびんやおむつをとりかえ、洗浄もしてくれる。もしくはトイレに運んでくれる。

さびしくて話しかけると、ロボットは実にきめ細やかに理想的な会話をしてくれる。

具合が悪くなれば、すぐに救急車を呼んでくれる。

これを、人間がやるときのデメリットは、人には感情があるので、優秀な介護をする人をさがさないと、本当に老人はつらいことになります。近年、介護老人ホームで老人の虐待が事件になったりしますが、そういうことはロボットにはありません。

おそらく教育でもそうでしょう。家庭教師を頼むより、言葉を認識するロボットが教えてくれるほうがより、優秀な先生でしょう。

仕事を管理監督指導するのもロボットがおこなったほうがいいかもしれません。

それでは人間がロボットにとってかわられないことはなにか?

まずトップの決断。これは、ロボットを利用して新しい目的を実現するのだから、トップつまり社長の決断とか、教育だったら親の決断とか、そういうものは、まずはロボットにとってかわられません。


こういう社会になることで、人間はどう変わるのか?教育とか、労働とか、人間にとって努力と苦痛が伴うものが、苦痛なく楽しく生産活動ができるようになるでしょう。

それは、人々が、競争原理に従って勉強したり、働いたりするのではなく、協調によってより付加価値をたかめ、楽しく人生を起こる社会の実現につながるのだと思います。


情報化社会は、豊かな中間層が7割以上もいて、そして仕事の時間も短く、あえて、楽しく貢献的に消費をおこない、また個人個人が仕事での投資も含めた生産活動をすることによって、よりみんなが豊な社会が実現されるのです。

経済の流れはより豊かにより活発にながれることが、みんなも潤すのです。決して一部の独占と中間層の消滅、貧富の差の拡大は富を持つ層の富すらも奪いかねないのです。

とにかく中間層を厚くして、経済をより活発に回すことが、富裕層にとっては、もっとも大きく儲けることができるのです。当然のことに中間層も下層も豊かになれます。

歴史は繰り返す、というなら確実にこの後、大きな戦争がきます。


しかし、人類が賢くなり、戦争を起こさなくても、情報化社会への需要マーケットの移行がスムーズに起こせれば、戦争は回避されます。


需要革命は、教育によって行われます。よりここちよい、でもしっかり知識や技術や思考を身に着けて、いままでにない仕事へと変化させる、そんな状況が拡大していけば、需要革命は起こると確信しています。

詳しくは、2008年に書いた拝著「究極の経営」をお読みください。

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あれから9年経ちますが、まったく修正のいらない内容と自負しております。

でも売れませんでした。(≧◇≦)

売れない古い本の宣伝で ドーモスミマセン!

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